┃┃┃┃┃┃┃さばいばるげーむ
教室に戻ると、まだ啓吾たちが談笑していた。
部活も終わった時刻、もう誰もいないと思っていた雨竜は驚く。
勿論、一護が教室に残っているのは解っていた。その大きな霊圧に掻き消されそうなチャドの気配にも気付いていた。
チャドは、バンド仲間に合うまでの時間を潰すために教室にいるらしいという話は聞いている。
そして一護は、認めたくはないが、自分を待っているのだ。
「なにやってるんだい?」
大盛り上がりの啓吾の後ろから雨竜は首を突っ込む。
普段の雨竜の性格から言えば、こんなのは無視しているところだ。けれども、雨竜が教室に入ってきたことに気付いている一護たちが、無言でいることを許すはずもない。
いきなり変なネタ振りされて困るよりも、自分から話を聞いてしまったほうが楽だ。
そう経験から学んでいる雨竜は、少し面倒臭いと思いながらも彼らに話しかけた。
「あぁ石田!」
大きく両手を広げていた啓吾がそっくり返って雨竜を見る。
「君、その体勢苦しくない?」
「ちょっと苦しいかも」
「…そう。」
それで? と尋ねると、一護が手近な椅子を引いて座るように言ってくる。座ったら完全にお喋りの仲間入りだ。そうは思ったが、断ればまた揉める。解っている雨竜は、大人しく一護の隣に腰掛けた。
「まぁたケイゴが夢見てやがんだよ」
雨竜と2人きりで帰るつもりだったのに、思いがけない邪魔が入った一護は不機嫌だった。
チャド1人であれば、何も言われないのをいいことに爽やかに「それじゃ」とでも言って帰るところだ。でも、啓吾が相手だとそうは行かない。
なにせしつこいのだ。
そして、構われたがりなのだ。
そして、ニコニコとそこに座っているだけの水色は、意味深な笑みを自分たちに向けてきたりする。その無言のプレッシャーに、一護は堪えられなかった。
「で、お前は?」
「なに?」
水色の視線から気を紛らわせようする一護は雨竜に尋ねる。でも、何の話をしていたかなんて説明はしていない。いきなり言われても困るだけだろう。
「ケイゴ」
自分で説明するのは面倒で、一護は啓吾に向かって顎をしゃくる。直ぐに意味を理解した啓吾は、これまたキラキラした顔で雨竜に顔を寄せた。
「あのさっ」
「顔近いよ」
「あのさっ」
思い切り嫌な顔の雨竜にも動じず、啓吾は楽しそうだった。
「石田は、彼女に手料理作ってもらうなら何が良い?」
「手料理?」
問われた雨竜は、予想通りきょとんとした。
「オレはねェ」
雨竜が何か言う前に、ウズウズした様子の啓吾は話しだす。
「やっぱり肉じゃがかな〜」
手料理って言ったら、やっぱり定番じゃない?
ノリノリの啓吾に、水色はにっこりと微笑んで言う。
「ボクは、やっぱりオムライスとかが良いなぁ」
「えー、オムライスなんて子供っぽいじゃん。やっぱり家庭的な子は肉じゃがだろ!」
いつものことながら、啓吾はまだ見ぬ未来の彼女に思いを馳せている。啓吾は、かなり女の子に対して夢を持ちまくっているような気がする。だが、それを指摘した所で本人の性格は変わらないだろうから、一護は黙って頬杖をついた。
そんな啓吾と水色の遣り取りをじっと眺めていた雨竜が口を開く。
眼鏡を押し上げ、静かに放った一言は
「それは、甘いよ浅野君」
だった。
「甘い?」
怪訝そうな顔の啓吾に、眼鏡を光らせた雨竜は人差し指を立てる。
「そうだね、料理なんてしないだろう浅野君は知らないかもしれないけど、肉じゃがは簡単だよ。めんつゆだけで味付けできるし、今は肉じゃがのタレも売ってる。そんなの作れたって、全然料理上手とは言えないな」
「……」
呆気に取られたように目を丸くしている啓吾に、尚も雨竜は言った。
「大体、食べて自分で醤油やら味醂を使って味付けしたものか、それともそういう簡単に味付けした肉じゃがなのか、君には解るのかい?」
「え…いや…」
困っている啓吾に、雨竜は勝ち誇ったような顔をした。
「だったら、肉じゃがが作れたからって家庭的な子だとは言えない。そうだろう?」
そもそも、料理を多少なりともするなら家庭的な子と評価されてもおかしくはない、なんてことに、凝った料理も簡単に作る雨竜は気がついていない。
「そう言う意味では、半熟具合の難しいオムライスの方が、上手く出来ているなら料理の腕は上だと言えるだろうな」
ようやく口を閉じた雨竜の言葉にすっかり涙目になった啓吾は一護に泣きつく。
「一護ぉぉ! オレ石田に何かしたか?! 恨まれてるのか?!」
自分の好みや夢を、ここまでコテンパンに言われてしまってはそう言いたくもなる。
おうおう言っている啓吾の肩をトントンと叩いた一護は、神妙な顔で言った。
「いや、石田に悪気はねーんだ」
ただ、自分の経験から意見を述べたに過ぎないのだろう。
「別にお前を否定したわけじゃねぇよ。気にすんな」
「なんだよ、僕何か悪いこと言ったかい?」
全然解ってない雨竜はムッとしている。
「あー、もうお前黙れ」
な、と頭を撫でられた雨竜は顔を真っ赤にして怒った。
「触るなよっ!」
「で、そう言うお前は何を作って欲しいんだ?」
解っていない雨竜には何を言っても無駄だ。話を変えるように目を覗きこむと、雨竜は口篭った。
もちろん、首を突っ込んだ時から自分も聞かれるだろうとは思っていた。でも、実際に彼女が出来たとして、作ってもらいたい料理などない。
雨竜自身が料理を作れるから、ということ以上に、女性は料理をすべきだ、みたいな考えがあまり好きではないのだ。
「別に、何も」
なんて答えたら、やっぱり啓吾に嫌な顔をされた。
「石田、お前自分が1人暮らしで料理できるからって、なんか感じ悪いぞ」
「それは関係ないだろう」
実際、誰が料理しようと口に入れば一緒だ。吐き出すほど不味くなければ、結構何でも食べられる。幼い頃、自分が風邪をひいて食欲がなかった時、何の気紛れかあの父親が作ったおじやだけは、思い出しても鳥肌が立つ。アレ以降、タマゴとシラスのおじやだけはどうにも苦手だ。
それはともかく。
「相手が女の子だからって手料理を強要するつもりはないし」
「強要じゃないってば!」
「そうかな」
「もし、カノジョが何か作ってあげる、何食べたい? って言ってくれた場合の話をしてるのっ」
石田ってば感じ悪い。
またもやそんなことを言う啓吾に、雨竜は嫌な顔をしながら考えた。
――何か作ってくれると言ってくれたとして……?
「カレー、かな」
ぽつりと呟いた雨竜に、啓吾は首を捻る。
「え? お前カレーとか好きなの? もっと和風な人だと思ってた」
意外だ、と言う啓吾と、それに頷く面々に対し、雨竜は至極真面目な口調で言った。
「だって、カレーはそう失敗しないだろうし。
ほら、林間学校とかで、一度くらいは誰しもが作った経験あるだろう。だから、安全だと思って」
「安全て」
そんな言い草はないだろう、と呆れる周囲に、雨竜はどこまでも真剣だ。
「女の子だって、難易度高いのをいきなりってのは嫌だと思うんだよね。だったら、最初は失敗の心配のないものを作らせてあげて、安心させたいじゃないか」
「…石田、お前、その発言完全に上から言ってるよ…」
だから料理のできるヤツは、と物凄く嫌そうな啓吾は一護に視線を移す。
「あ、そういやまた一護の話は聞いてないぞ」
「俺のは良いって」
手を振る一護に、雨竜は尋ねた。
「君だけ言ってないのかい? だったら不公平だな」
「……」
じとーっと恨みがましげに見てくる一護に、雨竜は真顔を返す。
実は、一護の好みに関しては少し興味がある。
自分は何を作って欲しいとも思っていないが、一護が何を食べたいなのかには、興味があった。
もし今までに作ったことがないものだったら、ちょこっと練習してみようか、と思う程度には、一護に対するサービスを考えるようになっていた。もちろん、一護が食べたい、と言った場合に限ってだけれども。
――別に甘やかすつもりはこれっぽっちもないぞ。
最近、二人きりで居るときにデレっとしてる一護が少し可愛いなんて思い始めてることには気付かぬフリだ。
なにかに没頭している雨竜に擦り寄ってきて、寄りかかってくる。構って欲しいのだろうけど、そうは言わない。視線を投げると幸せそうに笑うから、雨竜はどうして良いか解らなくなる。
もしかして、ペットかなにかのように愛情を持ち始めているのかもしれない。
そんなことを思っていると、一護が頭を掻きながら口を開いた。
「あー…サバミソ?」
「――っ?!」
一護の言葉に、啓吾はぽかんと口を開けた。
「一護、それってちょっとトシヨリくさくね?」
「っていうか、よっぽど料理に自身のある子じゃないと難易度高いんじゃない?」
唇に人差し指を当てた水色が微笑む。その目が密かに自分を捉えているような気がしながら、雨竜は顔を顰めた。
――サバミソって。
どういう意味だ。
悶々とする雨竜を、一護はなにかニヤけながら見ている。
「難易度高いよなぁ」
唸る啓吾に、水色は頷く。
「そう、例えば――石田くんみたいな料理上手だったら問題ないだろうけどね」
にこりと笑った水色に、カァっと頬を染めた雨竜は言った。
「僕は作らないってば!」
「誰もキミに作れなんていってないでしょぉ?」
ニコニコ笑っている水色の瞳の奥に、明らかにからかうような色が見られる。そんな水色と雨竜の遣り取りの隣で、啓吾は一護の方に身を乗り出していた。
「なぁ、それってさぁ」
「なんだよ」
「そんなに料理上手じゃないと、一護とは付き合えないってこと?」
高校生にそれは望みすぎだろうから、さては年上好みだったな!
自分なりの鋭い勘を働かせる啓吾に、一護は興味なさそうに言う。
「さぁねぇ」
「さぁって、自分のことだろお!」
興奮気味な啓吾を無視して立ち上がった一護は雨竜の肩を叩く。
「参考書買うのに付き合え」
「え?」
「早く」
そんな話は聞いていない、ときょとんとしている雨竜を苛立たしそうな顔で立ち上がらせた一護は啓吾たちに手を振る。これ以上こんな話に付き合っていては、折角の雨竜との時間がなくなってしまう。
「じゃな」
背中を向けた一護に、諦め悪く啓吾が叫んだ。
「じゃぁ! 一護ってばもしかして、始めに付き合った料理上手の彼女をお嫁さんにするとか夢見てんのかよっ」
「あン?」
「だって、そうじゃないとその料理が選択肢に出てくる意味が解らないじゃないか! 望みすぎだぞイチゴォ」
うるさい啓吾に、眉間にシワを寄せた一護は首だけ振り返って言う。
「良いんだよ、もう料理上手な美人は手に入れたから」
「はぁっ?!」
啓吾と雨竜の声がハモる。
しかも、雨竜の顔は真っ赤だった。
「その美人さんの得意料理がサバミソなんだって。自信作、食ってみたいじゃん」
「クロッ、黒っ崎、く・ろ……」
あわあわと言葉にならない雨竜の肩を押して一護は教室を出る。足取り覚束ない雨竜は、一護の言うなりだった。
「一護、いつの間に料理上手なカノジョなんて…」
ロンリー仲間だと思ってたのに、とショックを受ける啓吾の横で、ケイタイを弄りながら水色は呟いた。
「いやぁ、付き合ってるからってカノジョとは限らないしねぇ」
「ほぅぇ?! それって例えばフリンとか!?」
一護、一護ってばそんなにオトナになっちゃってたのか!
大きくショックを受けた啓吾に、水色は曖昧な笑みを浮かべた。
「いや、キミ飛躍しすぎ」
視線を廊下に送った水色の耳には、一護に猛抗議している雨竜の声が聞こえてくるような気がした。
リクエストいただいた「イチウリ+現世組(誰でも)で何だかんだいいつつ、お互い分かり
合ってるイチウリ」でございます。
33333HITのリクだったので、すっかり遅く…(倒)
解り合って…いるのだろうか…解り合っていると言うよりも、珍しくリードを取っている一護と言う感じでしょうか。
でも、一応一護が自分を待っている自覚はあるし、雨竜なりに理解しているのだと…(モゴ)
すっかりズレててすみません(涙) リクエスト有難うございました!