「ちょ…ッ! 黒崎!!」
 突然の行動に戸惑う雨竜の耳元で、一護は言う。
「黙れ、煩い。お前、こんなに冷えちまってるじゃねえか。ウチ入れよ。風呂にも入っていけよ。風邪引いたらどうすんだ」
 どんなにもがいても、一護の腕から逃れられない。 自分の心も、肉体ですら、一護から逃れることは出来ないのか。
 雨竜はそんな自分がほとほと嫌になった。
「僕がどうしようと、君には関係ないだろう」
 精一杯の強がりを言って見せる雨竜に、少しだけ身体を離して顔を覗き込み、
「お前が風邪ひくと、俺が心配する」
 一護は心底嫌そうに言った。
「…え?」
 ――心配? 黒崎が僕を?
 雨竜は俄かには信じられなくて目を見開く。
「休んで空の席を見て、授業に集中できないのは迷惑だ。だから入っていけ」
「で、でも…」
 どうして黒崎が僕を心配するのだろう。ただのクラスメイト、いや、それ以下の存在の筈なのに。
 彼が気になっているのは自分だけで、逢いたいのも、声を聞きたいのも、その身体に触れたいのだって、自分だけの筈なのに。
 目的もなく、自分の家の近くに居ることなんて知ったら、気持ち悪がられるだけだと思ったのに。

 ――なのにどうして、彼は自分を抱き締めているのだろう。

 自覚した途端、抱き締められているのだ、と知覚した体が熱くなる。恥ずかしい、顔も熱い。どうしよう。混乱して言葉もない雨竜を、一護は引っ張った。
「つべこべ言わずに来いっ!」
「や、やだよ」
 最後の抵抗を見せる雨竜を、ギロリと凄い目付きで睨んだ一護は吐き捨てるように言う。
「おめぇが俺に迷惑かけるのはデフォルトだ。最初っからじゃねえか。
 何を今更気にする」
「そ…んな、ヒドイ言い方…」
「あぁもう! 夜散歩してました。クラスメイトん家の近くで雨に降られました。
 どーしょーもないので雨宿りさせていただきます。それでいいじゃねえか。ゴチャゴチャ言うな。オラ、行くぞ」
 ズルズルと一護に引っ張られながら、雨竜は困る。
「でも! 親御さんが不審がるだろう?」
「あぁ? アレは特に気にしねぇよ。だからとっとと家に入れ。俺まで冷えちまうじゃねえか」
 あぁ、俺も濡れちまった。風呂、入りなおしだチクショウ。
 ぶつくさ文句を言う一護は、強引に雨竜を玄関に連れ込む。
「オヤジ〜、友達が雨宿りに来たから入れるな」
 友達、と言う言葉に胸が疼いた。例え説明のためだとしても、嬉しい。けれども…

 ――なんだかそれじゃ、嫌だった。

「うん? 友達? ありゃ、ずぶ濡れじゃないか」
 マグカップ片手に顔を出した一心は、廊下の奥へ引っ込むと、すぐにバスタオルを二枚持って出てきた。一枚は雨竜に手渡し、もう一枚は一護へ放る。随分と対応が違うじゃねえか、と文句を言う一護を無視して、一心は雨竜に向かい合った。
「いらっしゃい、降られたのか? 難儀だったね。そうか、傘持っていなかったのか。そりゃ、大変だ。ウチの近くで良かった。さ、このタオルで体拭いて。いや風呂に入った方が良いかな。まだ温くなってないから、直ぐに温まる。入っていきなさい。一護、服貸してやれ。それに、雨もこれから強くなるって予報だ。湯冷めして風邪引いたら莫迦らしい。なんだったら、泊まって行きなさい。親御さんには連絡しておくから。」
 一気に捲くし立てられ、雨竜には口を挟む余裕がない。
「…あ…」
 どうしよう、と困る雨竜を横目に、一心は一護に訊ねる。
「彼、どうしたんだ?」
「知らね。窓の外見たら居やがった。雨ン中、傘も差さずに居るから引き止めて、家に入れた」
 簡潔な状況説明だけの台詞にも表情を変えず、そのままの調子で一心は言う。
「それで?」
「それでって、放っておけないだろうが」
 何を言いたいのかさっぱり解らない一護は、あっさり答えてタオルを被って頭を拭く。そんな様子をしばらく眺めていた一心はモノ言いたげに目を細めたが、結局口から出たのは
「…まぁ良い」
 と言う一言だけだった。
「ンだよ、その顔」
 眉の辺りに漂う微妙な空気を察知して、一護が眉を顰める。一心は溜息なんだかよく解らない息を吐き出して、ボソリと言った。
「また、捨て猫でも拾うように人間を拾うな、と思ってな」
「違うだろ、全然!」
 大体こいつは落ちてたんじゃねえ! たまたま外に居ただけだって!
 多少ムキになる一護を面白そうに見て、一心はあごを撫でる。
「中途半端に愛情かけるよな、お前。良くないぞ〜ソレは」
「何言ってんだか解んねえよ!」
 全く、難儀なことだ。
 自分の行動にあまり責任感を感じていなさそうな、いや、ズレた責任感で動いていそうな息子と、ソレに明らかに振り回されていそうなクラスメイトを思いながら視線を戻す。遠慮気味に渡されたタオルで身体を拭いていた雨竜は、視線に気付いて顔を上げた。
「君、名前は?」
 視線が合って、にっこりと笑って一心は訊ねた。あ、と小さく呟いた雨竜は、頭を軽く下げながら自己紹介する。
「石田…雨竜です。黒崎…君とは同じクラスで…あの、お世話に、なってます」
 改まって挨拶すると思うと、どうにもうまく言葉が見つからない。悩みながら答える雨竜に、一心は軽く首を傾げて言った。
「雨竜君、連絡先は?」
「僕、一人暮らしだから…」
 返ってきた答えに一心はにんまり笑う。その笑みの意味が解らず、雨竜はつい、助けを求めるように一護を見た。
「じゃぁ都合が良い。もう遅い時間だからね。高校生が出歩くのには物騒だ。泊まって行きなさい。一護、彼が風呂に入ってる間に客用布団お前の部屋に敷いとけ」
 強く言われれば断れない様子なのを良い事に、一心は勝手に決めて指示をした。
「俺の部屋?!」
 客間だとかあるだろうが。
 一心は文句をタレる息子のデコを小突く。
「お前が連れ込んだんだろうが。責任持て」
「しょうがねぇな…」
 まだ文句を言いつつも客用布団を取りにいこうとする一護の背中を見て、雨竜は慌てる。
「でも、ご迷惑じゃ」
「迷惑だったら泊まって行けなんて言わない、安心しなさい」
 にやりと笑った一心につられたように強張った笑みを返した雨竜は、迷った後で答えた。
「…じゃぁ…あの、お言葉に甘えて…」

 そしてその後、よく解らない間に、風呂に入れられ、上がったところに一護の服が置いてあり、なんだか恥ずかしい思いをしながらそれを着て出て行けば、温かいココアが用意されていた。
 一護は「お前のせいで入りなおしだ」と文句を言いながら風呂場へ向かい、目の前には一心が座っている。
「あと遊子と夏梨っていうのが居るんだが…もう遅いからな、寝ちまってるんだ」
 まぁ、明日の朝にでも挨拶させるから。
 じっと見詰められて居心地が悪くてならない。早く黒埼上がってこないかな。ドキドキと落ち着かないまま、雨竜はマグカップを両手で握っていた。
「無愛想なヤツだけど、悪いヤツじゃないから」
「え?」
 突然言われた言葉にきょとん、とする雨竜に
「息子と仲良くしてやってくれな」
 一心は笑顔で言う。一護は多分父親に似ているのだろう。普通に笑ったなら、黒崎ってこんな感じなのだろうか。頭の隅で思いながら、雨竜は答えた。
「は…い」
 本当は、仲良くも何もあったもんじゃない。多分鬱陶しがられている。
 でもそう言う訳にもいかず、最初僕から喧嘩吹っかけたんです、なんて言える筈もなく、雨竜は間抜けな返事しか返せない。
「君の事は、一護から時々聞いてるよ」
 しばらく間を置いて言われた言葉に、また雨竜はきょとん、とした。自分の事を家族に話しているなんて、想像もしていなかった。
「そう、なんですか?」
「自分のこと棚に上げていろいろ言ってるけど、アイツがそうやって友達のこと話すのなんて珍しいからね。口でどう言ってるか知らないけど…」
 ――気に入ってるんじゃないかな、君の事。
 小さく呟かれた言葉に、耳が熱くなった。

「おい、余計な事言ってんじゃねえだろうな」

 唐突に、背後から不機嫌そうな声が降ってくる。
「余計な事? 言われて困るようなことでもあるのか、お前は」
 楽しそうな一心の様子に顔を顰め
「石田、部屋行くぞ、部屋」
 困っている雨竜の手を引いて一護は部屋へ向かった。

 部屋へ行っても特に会話があるわけではない。
 お父さんが居たほうが、もしかしたら会話とか出来たのかも。
 雨竜はもっと落ち着かなくなる。そこで
「黒崎…」
 さっきから疑問に思っていたことを訊ねてみることにした。
「なんだよ」
 雨竜を布団に座らせ、自分はベッドに腰掛け見下ろしてきながら一護は応える。
「ちょっと、聞きたい事があるんだけど」
「早く言えよ。はっきりしねえのは、嫌いだ」
 言い渋られて苛苛した声を出す一護は、困ったように眉を寄せる雨竜を睨みつけた。でも、その視線の強さは長く続かない。
「君のお父さんは、いつも…バスローブなのかい…?」
 ――しかも、ピンクの…豹柄。
 不思議そうに訊ねられて、一護の顔にドッと汗が吹き出た。もしかして、突っ込んじゃいけない部分だったのだろうか。狼狽した一護の様子に、なんとなく尋ねただけの雨竜は申し訳なくなってくる。でも今更撤回は出来なくて、なにやら葛藤する一護を見詰める。じっと見ていると、顔を上げた一護と目が合った。
「…言うな。誰にも言うなよ」
 引き攣った顔を見せた一護は、雨竜の手を取ると小指を絡める。触れる指の温もりに、トクンと心臓が跳ね上がる。真剣な顔で一護は言った。
「俺とお前だけの秘密だ、解ったな?」
「――…解った、よ」
 驚いたように目を丸くして、その後で俯き、雨竜は答える。
 
 逢いたい時に逢えた。聞きたい時に、声が聞けた。それ以上に、思いがけずに触れることが出来て、彼が自分をそう嫌っていないらしいことも知った。そして、二人だけの秘密が出来た。(本当は、家族は皆知っているのだし、一護と親しい友人は周知の事実なのかもしれないが。)
 そんな些細な事が、冷え切っていた胸の奥をじんわりと温めていく。

 絡まった小指に気持ち力を込めて、雨竜は僅かに微笑んだ。



 リクエストいただいた「雨の中のイチウリ(ラブラブだけどベタベタしてないモノ)」でございます。
 ひぃ、4444GETの際にリクエストいただいたのに、すっかり遅くなってしまいました。
 結局雨の中一瞬じゃん!と自分で突っ込みいれつつ。一応両想いのはずですけど、やっぱり雨竜の思い込み片想いモードで!
 黒崎家の人々に気に入られて、積極的にアタックされて一護に助けを求める雨竜って図が好きです。
 リクエスト有難うございました!