┃┃┃┃┃┃┃ 無自覚初恋童話集サンプル  

 昔々ある小国に、輝くように白い肌に、漆黒の髪と瞳をお持ちの王子様がお産まれになりました。王女様は王子が幼い頃にお亡くなりになり、王様は一人で息子をお育てになったのでした。
 王様は、それはそれは息子を可愛がり、悪い虫がつかないように、大切にお育てになりました。よほどのことがなければ、王子の成長に関するお祝いの行事ですら、ひっそりと二人で行なっていたほどです。
 しかし、王子もお年頃になり、さすがに隠しっぱなし、というわけにもいかなくなりました。そして、少しづつではありますが、王様のお仕事のお手伝いをなさるようになったのです。

「雨竜。話がある」
「……なんだい?」
 少々ギスギスした雰囲気ではありますが、これがこの親子の常でございました。
 竜弦は王子を大切にしているつもりなのですが、雨竜は「自分が無能だから、なにもやらせてもらえないのだ」と誤解していたのです。やらせてくれたら、きっとあれだってこれだって出来るのに、と鬱憤が溜まっていたのです。しかし、竜弦としては可愛い一人息子が変な女に引っ掛かってしまっては大変、と文字通りの箱入り息子として育てていたのでした。
「やらせたくはないのだが」
 お前が大切で心配だから、という言葉を付け加えれば良いものを、竜弦はこのような余計な一言を付けるがゆえに、余計に息子に誤解されていきます。雨竜は、プライドを傷付けられて不貞腐れています。しかし、そんな表情の変化にも、なんだか照れてしまって息子をちゃんと見られない竜弦は、気付かないのでした。
「今度、私の即位17年周年の記念式典がある」
「それはまた、中途半端な年数でやるんだね」
「……毎年やるのだ。それはどうでも良い。そこに、今年はお前も出席してもらう」
「――っ?!」
 当然、今年もその手の行事に立ち会えないものと思っていた雨竜は、ビックリして目を見開きます。竜弦は、不愉快そうに眉を寄せながら言いました。
「なにを驚いている、雨竜。お前も、そろそろ国の行事に参加させなくては体面が立たぬのでな」
「ああ、世間体だけのため、なんだね」
「……本当は、出したくないのだが」
 本当は、誰かが可愛い息子に目をつけたりするのが心配なのだ、と言えば良いのです。そうすれば、きっと息子も大いに照れつつ、そして反抗しつつも、父親に対する苦手意識・劣等感などを払拭してくれるはずなのです。でも竜弦は、雨竜のそんな劣等感などには気付かないままでした。
「まあ、出るからには、恥ずかしくないように振舞えるよう努力するよ」
 息子の言葉に、竜弦は不服そうに頷いたのでした。

 そして、式典当日。
 式は非常に盛り上がりました。なにせ、国民には「病弱で公務をお休みなさっている」と常日頃説明されていて、滅多にお目にかかれない王子様までが列席なさったのです。しかも雨竜は竜弦に良く似ていて見目麗しく、シルバーグレイの髪の竜弦とは違い、漆黒の輝くような黒髪をなさっておりました。雪のような白い肌にその髪の色は映え、少し憂いを帯びたように見える瞳もまた、とても美しいものでした。
 王子は、これが初のご公務とは思えない程に、ご立派な態度でいらっしゃいました。スピーチもとてもすばらしく、その澄んだ声は国民の心を鷲掴みにしました。国民の反応を見た竜弦は、心配事が現実になりそうだとやきもきしていたのですが、そんな様子を、自分が不甲斐ないからなのだろう、と勘違いした雨竜は、また落ち込むのでした。
 はたして、竜弦の心配事は現実のものとなりました。
 記念式典以降、雨竜の人気はうなぎ昇りです。気付けば非公式な王子様のグッズやブロマイドなども出回っている始末。
 ――やっぱりこうなったではないか!
 竜弦は後悔します。自分の息子をイヤらしい目で見るんじゃない、と大声で言いたいところですが、自分の立場を考えるとそういうわけにもいきません。非公式グッズに関しては、発見し次第回収していた竜弦ですが、国民たちの勢いは留まるところを知りません。
 気付けば非公式ファンクラブができていました。
これはすぐに取り潰しました。
 今度は、雨竜の部屋が盗聴されていました。
 とはいえ、基本的には箱入り息子で部屋から出ることはあまりなく、しかも趣味が裁縫という雨竜です。部屋にいても、趣味に没頭している時には延々と無言、喋るとしても竜弦や身近な従者と話す程度で、面白いネタなどありません。そうとは分っていても、やはり盗聴など許されるものではありません。
 竜弦は盗聴器を取り外した上で、城全体を盗聴されぬよう、妨害電波を発生させる装置を取り付けたのでした。

 さて、そんなこんなで王子様のことを知りたい国民たちと、息子を守りたい竜弦の静かな争いは続いていたのですが、そんな中、もっと厄介な問題が持ち上がりました。
 この国には『魔女』と呼ばれる、強く美しい女性たちで構成されたグループがありました。
 魔女たちはその不思議な力で、平民たちを苦しめる悪いものたちから守ったり、また傷を癒したりして国民たちから親しまれておりました。魔女たちもその美しさを鼻にかけずに、国民たちを守り、癒し続けてきたのでした。彼女たちは女神のごとく羨まれ、平民たちの憧れの存在だったのです。今までは、美しい人、と言われたら魔女たちの誰かの名前が挙がるばかりでした。しかし今、国民の口が美しいと語るのは、雨竜のことばかりになっていたのです。勿論、全員が何らかの感情を抱いたわけではありません。しかし、魔女たちの中でもリーダー格である卯ノ花は、雨竜に対して静かな怒りを燃やしておりました。これは、竜弦にも想定外の事態でした。
 本来彼女はとても優しい人で、癒しの能力に優れ、天使か女神のようだ、と讃えられ続けておりました。そんな状況にも驕ることはなかったのですが、ここ最近は事情が違いました。
 かの卯ノ花、寄る年波には勝てないのか、肌の衰えに悩んでいたのです。その肌は絹のように滑らかで雪のように白く、髪も黒檀のように輝いておりました。白の女王、とまで呼ばれた卯ノ花ですが、その称号は雨竜に奪われようとしていました。
「雨竜王子……いえ、今は皆さんから白雪王子、と呼ばれているのでしたね。本当に、殿方ですのに白くて美しい肌でいらっしゃいますこと」
 静かな、静かな声に側近の勇音はゾクリと肌を粟立たせました。いけません。これは、かなりお怒りの様子です。うふふ、という笑いが怖くてなりません。
「えええええ、あ、あああ……っ」
 なんとか相槌を打とうとする勇音でしたが、上手く言葉になりません。しかし、そんな声は聞こえないのか、卯ノ花は一人で淡々と話し続けるのでした。
「少々、目障りですね……勇音」
「は、はいいいいィッ!」
 思わず敬礼した勇音に、卯ノ花は笑顔で告げました。
「やっておしまいなさい」
「や……?」
 あまりに物騒な言葉です。勇音は意味が分からずに凍りつきました。笑顔のまま、笑っていない瞳で勇音をひたりと捉えた卯ノ花は言います。
「聞こえませんでしたか? 白雪王子への賞賛を、なくしておしまいなさい」
「あ、あ、そういう、意味……ですか」
 殺してしまえという意味なのか? と一瞬思った勇音はほっと胸を撫で降ろします。続けて卯ノ花は厳しく言いました。
「国民の記憶から王子のことを消してしまいなさい、と言いたいところですが、それは難しいでしょう。ですから、王子に少し変わって頂くことに致しましょうか」
 例えば、獣とか。
 にこり、と目を細められた勇音は、あまりの恐怖に一瞬意識が遠くなったほどでした。
「け、獣って」 
「ほら、そこに薬があるでしょう? 人狼化した人間を治す薬。それを転化すれば人間を獣にできるのですよ」
 笑顔で言うことが怖すぎます。卯ノ花は簡単に言いますが、そんな技術は勇音にはありません。
「ですが、私にはそんな技術はないですし、あの」
 まごまごしていると(聞き間違いでしょうか)小さい舌打ちのような音が聞こえて、卯ノ花自ら薬をいとも簡単に作り替えてしまったのでした。ほら、早く届けていらっしゃい、と蹴り出された勇音は挙動不審なまま城を訪ね、しどろもどろに王子様へのプレゼントだ、と言って薬を門番に手渡しました。自分の手で雨竜へ渡す勇気はなかったのです。
 当然、門番は不思議に思いながらまずは竜弦に届けます。竜弦は、なんだか嫌な予感がして目の前で白い瓶を振りました。ちゃぽん、と音がします。少し粘り気のある液体のようです。
 ――怪しい。
 魔女たちに特別悪い感情は抱いていない竜弦ですが、この雨竜フィーバー渦巻く中での不審なプレゼント。簡単に雨竜に渡すわけにはいきませんでした。しかし、彼女たちにとっても評判は大事なはずです。暗殺、などという突拍子もないことはしないでしょう。
第一、魔女たちにとって雨竜を亡き者にするメリットがあるようには思えませんでした。
 ――これは、飲むのか? 塗るのか? その説明もなしでは、使いようがないではないか。
 竜弦はしばらく思案し、魔女たちのリーダーである卯ノ花を呼び出すことにしました。

 突然呼びつけられた卯ノ花は驚いたようでしたが、落ち着いた佇まいでそこに立っておりました。同時に呼び出された雨竜は、なんで自分が呼び出されたのか解らない、といった様子で困惑気味でありました。卯ノ花は、チラリと雨竜を見ました。
 まぁ、本当に美しい顔立ちだこと。若いということは、それだけでも財産ですわね。本当に、滑らかな白い肌……
 ブツブツと何か呟いている様子が気味悪かったのですが、竜弦は平静を装って声をかけました。
「さて、卯ノ花烈に問う。これは一体、なんなのだ?」
 突き出された白い瓶を興味なさそうな顔で見て、またも軽い舌打ちをした卯ノ花は、見事な笑顔で答えます。
「私たち魔女からの、王子様への贈り物でございます」
「中身は、なんだ?」
 一瞬視線をさ迷わせた卯ノ花は、笑顔で小首を傾げました。
「栄養剤ですわ。王子様はお身体が弱いのだと伺っておりますゆえ」
 体が弱いなんて話は嘘だ、と言いたくなった雨竜ですが、父親が怖いので黙っておりました。竜弦は不愉快そうに言います。
「それは気を遣わせた。だが、城でもちゃんとした薬師を雇っている。このようなものは必要ない」
 持って帰れ、と竜弦は瓶を突き返そうとしました。すると、今まで笑顔をたたえていた卯ノ花の表情がみるみるうちに崩れていくではありませんか。はらはらと涙が溢れるのを見て、親子はギョッとしました。2人して女性の涙には慣れていなかったのです。
「そんな……私どもは王子様のことを思えばこそ……」
 よよと泣き崩れる卯ノ花に、さすがの竜弦もおろおろしています。雨竜は父親の手から瓶をひったくると言いました。
「いくらなんでも女性にその言い方はないだろう。あまりに失礼だ。ごめんなさい、卯ノ花さん」
「い、いえ……」 
 涙で濡れた瞳が怪しく光ります。
「有難く頂くことにします」
 自分の父親が女性を傷つけてしまったのです。せめてもの罪滅し、と雨竜は警戒することなく瓶を開け一気に飲み干し――
「――ゲホッ」
 ……飲み干そうとし、予想外の粘度の高さにむせ、ほんの少量を飲み込めただけでした。次の瞬間、雨竜の手から瓶が滑り落ちます。
「雨竜っ!?」
 竜弦は慌てて王座から立ち上がり、息子に駆け寄ります。大理石の床にうずくまった雨竜の体が震えます。苦しそうに息をする様子を見て、竜弦はカッとなりました。
「卯ノ花、貴様……ッ!」
 食ってかかろうとした竜弦の腕を、弱々しく雨竜が掴みました。そして、小さく首を振ります。
「大丈夫、大丈夫だから」
「しかし、雨竜!」
「……うっ」
 そんな親子の様子を「あら大変。何か間違えたかしら」などと言いつつ、にこやかに見ていた卯ノ花ですが、雨竜の変わり行く様子に眉をひそめました。うずくまっていた雨竜の身体が震え、自分を抱きしめていた手にワサワサと毛が生えてきました。そして、その頭には尖った耳が生え――
「……え?」
「なっ……?!」
 そこで、変化は止まってしまったのです。どうやら飲み込んだ量の少なさと、この王族に伝わる特殊な体質のせいで、薬がちゃんと効かなかったのが原因のようです。
「な、何だこれは!」
「何なんですか、それは!」
 竜弦と卯ノ花は同時に叫びます。猫のような耳に、毛が生え肉球の付いたなんともラブリーな獣の手、そして服の間から見え隠れする長い尻尾。中途半端に萌え獣化してしまった雨竜は、自分の様子がつかめずにキョトンとしています。卯ノ花も、予定外の変化っぷりに目を丸くしました。完全に計算外です。
「え? あれ? なんだい、この手」
 にぎにぎと手を結んで開いてする雨竜ですが、そんな可愛い仕草に気付くこともなく竜弦は卯ノ花を問い詰めています。
「一体ウチの息子になにをしたっ!」
「あらら。何か手違いがあったようですねぇ」
 にこにこと卯ノ花は悪びれる様子もなく言います。
「私としたことが、ついうっかり同じ棚に並べて置いておいた薬を取り違えたのねぇ。御命がご無事で何よりです」
 竜弦は目を細めます。卯ノ花が雨竜に対して良い感情を持っていないことは明確でした。
 もしかして、自分が恨まれているのだろうか。竜弦が真っ先に考えたのはそれでした。しかし、竜弦は(面倒だということもあって)限りなく寛大に魔女たちの活動を支えてきたつもりです。現に、今までは何の面倒事もありませんでした。むしろ活動しやすくなった、と魔女たちから感謝されていたくらいです。なのになぜ卯ノ花は、雨竜にこのような薬を飲ませようとしたのでしょうか。もし、自分が原因でないとしたら、もしかしたら雨竜自身が問題なのでしょうか。思い当たった竜弦はハッとしました。先程、そういえば卯ノ花はなにか呟いていなかったでしょうか。竜弦は必死で思い出します。
 その時、視線は明らかに雨竜を捉えていました。そして表情は――わずかではありますが、不快そうに歪められてはいなかったでしょうか。
 ――雨竜の、あの人気が原因か?
 聡い竜弦はすぐに思い当たりました。最近の雨竜の人気を魔女たちが疎んだとしても、おかしくはありません。まるで姫君かのような、アイドル扱いと言っても間違いではないような持ち上げっぷりだからです。
 ――これは、どうしたものか。
 竜弦は悩みます。雨竜を手元に置いておきたい。だが魔女たちは善意と言って何をするか分かったものではありません。
 しかも、魔女たちは国民たちから絶大な支持を得ています。王子のために、と周囲に宣言をして薬や儀式を持ち込まれた際には、やたらと拒絶することもできません。魔女を敵に回すということは、国民をも敵に回すということを意味します。
 ――しばらく、国民たちの熱が冷めるまでどこかにやるのが一番か。此処にいるのでは逃がすことも出来ない。
 今飲ませた薬の効果から言って、雨竜が国民の注目を集めている状況が面白くないだけで、命までは狙っていないのだろう。そう判断した竜弦は、咳払いをして卯ノ花を見ました。
「元に戻してもらおうか」
「あら、可愛いじゃりませんか」
「可愛い?」
「ええ。なんとも可愛くていらっしゃいますよ、雨竜王子」
 まだ手を結んで開いてしてみていた雨竜ですが、自分の名前を呼ばれたことに気付いて耳をピクリと動かし竜弦を見ます。何となく、卯ノ花を見るのは恐ろしかったのです。
「…………」
 竜弦は悩みます。可愛いか可愛くないかと問われれば、間違いなく、この獣耳の生えた雨竜は可愛いと言えました。しかしこのままでは、王族としての威厳というものには著しく遠い生き物になってしまいます。
「そういう問題ではない」
「あら、今の間。王様も可愛らしいと思われたのでしょう?」
「黙れ」
「え、可愛い?」
 毛むくじゃらの手で自分の耳を抑え、雨竜は唸ります。
「でも、この手じゃ何もできないよ。困る。卯ノ花さん、元に戻してくれないかな」
「あら」
 可愛いですのに、とまだ言っている卯ノ花に、竜弦は言いました。
「このままでは、可愛い獣耳王子として、雨竜にまた注目が集まるな」
 ヒクリ、と引きつったように見えた卯ノ花の頬ですが、一瞬にして笑顔を取り戻し一礼するとその場から掻き消えました。と、思ったのも束の間。手に何か別の瓶を持って戻って来たのでした。
「こちらが、獣化を戻すお薬でございますよ」
「ありがとう」
 今度は慎重に、少しづつ口に含んだ雨竜でしたが、徐々に頭の上にピンと立っていた耳は引っ込み、手も元の白く細い美しい指へと戻りました。
「うむ、尻尾もないな」
「当然ですわ。私たちを何だとお思いですか?」
 信用のならない魔女だ、と喉元まで出かかった言葉を飲み込み、竜弦は接見の間の入口を指さしました。
「雨竜のことを心配してくれた、という気持ちは有難く受け取ろう。だが今日のところは帰ってくれないか」
「あら。ちゃんとしたお薬を」
 今度こそ、と今度はカエルになる薬を持ち込んでいた卯ノ花ですが、竜弦に冷たく追い出されてしまいました。1人になった卯ノ花は呟きました。
「王様のガードは硬いけれども、王子は簡単に言うことを聞かせられそうですね……なんとか、雨竜王子が1人にならないものかしら」


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実際には、この冒頭シーンを多少削っております。
か、書きすぎた!暴走しすぎた!!と大反省です…
このおはなしと「人魚姫」のパロ話を書かせていただきました。
人魚姫は、マンガとは視点違いで、白雪姫は小説→マンガ→小説というような構成です。