┃┃┃┃┃┃┃ Una melodia de oscuridad calladaサンプル  

 ここ最近、何やら奇妙な違和感があった。
 でも、その原因が解らない。
 雨竜は、僅かな苛立ちで小さな溜息を繰り返すようになっていた。
「石田、最近溜息多くね?」
「……ちょっと、ね」
 雨竜は、軽く笑って肩を竦める。黒崎一護に心配されるほどでは重症だ、と苦笑いで頭を振り、なんでもない、と呟いてそれ以上の追求を避ける。
「でも」
「だから、大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけだ」
「俺のせいか?」
 どうやら身に覚えがあるらしいオレンジ頭の青年は眉を顰める。そんな表情は不機嫌そうに受け取られるだけだから止めろ、と何度言っても直らない。
「君のせいじゃないよ。少なくとも今回は」
 ――だから、そんな顔はするな。
 雨竜の言葉に、一護の表情が緩む。
 その瞬間、ザワリと肌が粟立った。
 どこかから視線を感じる。しかも、吐き気がするほどの憎悪を含んだ視線だ。
 ――違和感の正体は、これか。
 それは、生身の人間の視線とも、魂魄の送ってくるそれとも違っていた。何処から発せられているものやら、予測がつかない。雨竜はさり気ない様子で周囲を確認し、視線の主を探した。しかし、見つからない。あまり挙動不審でも、また一護に心配されてしまう。雨竜はまた、溜息を吐いて眉間を揉んだのだった。

 視線の主を探し始めてから数日。初日に比べれば、もっと強く感じられるようになってきてはいた。もう少しで捕まえられると思うんだけど、と思いながら、雨竜は顔でも洗ってすっきりしよう、と洗面所に向かった。
 そこで、鏡を見る。
 映った人影は当然自分で、けれども何処か自分とは異なる顔立ちに思えた。
 鏡に映った自分は、髪も赤味がかった黒で、瞳も紅く見える。唇も、いつもより紅く濡れているようだ。
 明かりの具合か? とも思ったが今までこんなに赤味が強く見えたことなどない。例の視線を気にしすぎて疲れているのだろうか。一体どうしたことだろう、と疑問に思い手を伸ばす。数拍遅れて伸ばされたように見えた手から、鏡越しに熱が伝わってくるようだった。
 ――君は、誰だ。
 そんなことを思う。
 ――僕によく似ている君は、誰? なんてね。
 馬鹿らしい。と思いながらも、雨竜は確かめるように、小さく首を傾げた。
「……え」
 鏡の中の自分は微動だにしない。雨竜の動きに、付いてこなかった。
 ――な……んだ、これは……
 ザワリと背中に冷たいものが伝う。これは、本当に自分が映っているのではないのか。
「君は、誰だ――」
 掠れた声が漏れる。問いかけに応えるかのように、頭の中に直接、声が響いた。
『私は、かつて貴方でした』
 表情が苦しげに歪む。
『けれども今、私は貴方と共にはない――嗚呼』
 喘ぐように言って、つ、と涙を零す。
 驚いて頬に手を添えるが、勿論涙など流れてはいない。鏡の中の雨竜は、もう対称ではなかった。
 ――君は、僕?
『私は、貴方であって、貴方ではないのですよ。石田雨竜』
 「彼」は、愛しげな声で言って、僅かに微笑む。
 こんな顔は、自分には出来ない。やっぱり、自分ではないのか。ぼんやりとそんな事を考えながら眺めていると、彼は一度大きく息を吸い、再び表情を歪めた。
『そんなに……そんなに私は不要でしたか。そんなにも、貴方にとって私は要らないものでしたか』
「……え?」
 奥歯を強く噛んで搾り出される言葉の意味が解らず眉を寄せる雨竜に、泣き出しそうな笑顔を返して男は言う。
『切り離して、なかったものとして蓋をしてしまいたいほどに』
「なにを――?」
『私は、貴方を護れるのならばそれでも構わないと思っていた。貴方が苦しまずに済むのなら、私がどう思っていようと、そんなもの・は、関係がないと』
 そう思っていたのです。
 彼は紅みがかった黒髪を揺らす。はらはらと紅い瞳から涙が零れた。
『私でなくとも、誰かが・貴方が。貴方自身を救えるのならば』
「ねえ」
『貴方が幸せであって、笑っていてくださるのならば』
 彼は譫言のように呟いた。
『私は、あれにどう扱われようと。あの粗暴な本能が貴方に危害を加えられないように出来るのならば』
 ――私は構わなかった。
 そう思っていたのに、解らなくなったのです。と声もなく涙を流す。あまりにも自分に似た存在に対し、かける言葉が見つからない。
 そもそもが、彼の言葉の意味が微塵も理解出来ないのだ。彼が何に苦しんでいるのか、何を望んでいるのか、さっぱり解らなかった。
 ただ、ぼんやりと理解したのは、彼が苦しんでいるという事だった。
 
「君の事を、僕が助けることは出来るのかい?」
『え?』
「例えば、そっちから掬い上げるとか」
 何気なく言った言葉に彼は目を丸くした。唖然とした表情のまま、ぽかんと口を開けた。
『は? 貴方は何を――』
「おいで」
 もう一度、雨竜は男に向かって手を伸ばす。
 今度は、明確な意思を持って。


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以前ブログに書いていた黒雨竜→雨竜ネタです。
サイトの「白黒メタフィジカル」のシリーズになります。
イチウリベースで雨竜に片想いする黒雨竜。勿論あの人も登場?!
ご一緒させていただいた石田雨璃のお話は、シリアスでとっても素敵ですよ!