┃┃┃┃┃┃┃ 届いたものは…
屋上に学生が溜まるのは自然の摂理で、いつもだったらもっとたくさんの人が居る筈だ。
なのに今日は何故か自分一人で、昼食後ひっくり返ってのんびりと空を眺めていた一護の耳にドアの開く音が聞こえた。
――やっぱりこの空独り占めって訳にはいかねえよなァ。
音を立てた主は一瞬足を止め、その後一護に向かって真っ直ぐ足を進めてくる。
――しかも、お客さんか?
一護は誰だろう、と思いながらもぼーっと空を眺めていた。
足音の主は、一護の近くまで来たもののそれからどうしようと言うわけではなく、ただ立ち止まり見ているだけで。
なんだ? と首だけ持ち上げ見れば、雨竜が仁王立ちになっていた。
「石田…」
「・・・・・」
じーっと沈黙を保ったまま見つめられるのは気まずい。頭を掻きながら上半身だけ起こして、一護は雨竜を見上げる。
その様子を見てカチリと音を立て眼鏡を押し上げ、雨竜はポケットから何かを取り出した。
雨竜の手の中にあるものを見て、一護の心臓がトクン、と鳴る。
「これはなんだろう、黒崎。」
雨竜は明らかに怒りのこもった声で言うと、一護の目の前に一通の手紙をかざした。
「手紙、だろ」
雨竜は、つーっと視線を逸らした一護の視線の先に再び手紙を突きつける。
「そうじゃない。そんな事は聞いてない」
「じゃあ何聞きたいんだよ」
イライラと、何故解らないんだとでも言いたげな雨竜の表情を見ていると笑いがこみ上げてくる。ここで笑ったらまた怒る、今以上に雨竜は怒る。
解っているのに震えだす肩は止められない。
「笑うな黒崎ッ!!」
――ホラ、怒った。
必死に笑いを堪えているせいで引きつる頬を隠しながら一護はもう一度同じ事を繰り返す。
「だから、手紙だって以外に何を聞きたいんだ?」
「全てだ、全て!
昨日コレが僕の家に届いた。差出人は君だ」
「あぁ…」
解っている。最初に見せられた時から解っている。
その手紙が、多分読んだ直後に怒りに任せて握りつぶされたのだろう、と想像できるような形に歪んでいる事までチェック済だ。
「じゃあ何が聞きたいか解るだろう。最後まで言わないと解らないくらいの莫迦じゃないだろう、君」
「どぉだろうなぁ?」
からかうような一護の口調は、一度収まりかけていた雨竜の怒りに油を注ぐことになる。
「嫌がらせかい?! 僕が嫌いなら嫌いとハッキリ言えば良いじゃないか」
「だぁから嫌いじゃねって」
キィっとヒステリーでも起こしたかのように声高に言う雨竜の様子が、可笑し過ぎる。
一見クールで冷静沈着に見えて、その実非常に喜怒哀楽が激しい。と言うか、リアクションがでかい。
構い甲斐があるって言うのは、こういうことを言うんだろうな。
一護は雨竜を見るたびに思うのだ。
「第一、嫌いだの憎むだの散々言ってくれたのはテメーだろうが」
「……ッ!」
そして、しょっぱなに言われた台詞を繰り返してやるといつもこうだ。
瞬時に顔を赤らめ、悔しそうな顔をする。
――なに考えてるんだろうな。
深く関わるつもりなどないのに、その心の奥を覗きたくなってしまう。
黙りこんでしまった雨竜に、どこからどこまで話したものか悩み、一護は立ち上がった。
「まぁ、ナンだ」
雨竜の視線が一護に戻された。その顔は、もういつもの取り澄ました表情に変わっていて、一護としては面白くない。
――もっと、いろんな顔させてやりたいのに。
――クラスん中で見る石田クン以外の雨竜の顔をもっと見たいのに。
「何か不意にな、郵便局経由の手紙を懸賞以外で出したくなったんだ」
「は…?」
雨竜が盛大に顔を引きつらせる。
――こんな顔、他のヤツの前じゃそうしないだろうな。
一護は少し満足して、にやりと笑った。
「君は懸賞なんかに応募するのかい? じゃない、違う。そこじゃなくて」
一護の真意が汲み取れずに雨竜は混乱しているようで、あわあわと手が動いているのがもう腹を抱えて笑いたいほど可笑しくて、一護は堪らず噴出して雨竜の肩に右手をかけて突っ伏す。
「こ、こら、黒崎! 馴れ馴れしくしないでくれ」
狼狽した声を上げる割に、こうやって時々絡む一護を雨竜は決して振りほどこうとしない。
「あはは、悪ィ」
笑い続ける一護を見て頭が冷えたのか、雨竜はコホンと咳払いする。
そして
「それでこれなのか、不幸の手紙かい、僕はあと22人に同じモノ書かなきゃ不幸になると言うのか、殴られたいのか黒崎一護」
一気に言って本当に拳を振り上げる。
「わっ、待てよッ!」
慌てて逃げ出す一護を追いかけて雨竜は言う。
「こんな程度の低いもの! 僕を莫迦にするにもホドがあるぞ、黒崎っ」
「バカになんてしてねえって」
逃げながら言い返すと
「だったら何故、こんなものを送ってくるんだ」
後ろから声がした。
少し離れた距離からの声に、振り返る。雨竜は手紙を握り締めて立ち尽くしていた。
「石田…」
もう怒りは収まったのだろうか、と近付いた一護はその顔が悔しそうに歪んでいるのを見つける。
「どうして君は…そうやって僕の事をからかうんだ…」
くるりと踵を返してドアを開けようとする背中に一護は思わず叫んだ。
「からかってねえよ!」
ドアに手をかけたまま、雨竜の動きが止まる。
「あ〜なんだ、なんて言うんだ。あのなぁ…」
――なんて言えば解ってもらえるだろう。
――なんて言えば気付かれないだろう。
相反する感情を持て余して、一護はまた頭を掻く。
「ただの冗談だよ。…ゴメン」
「・・・・・」
「ただ――」
怒らせたかった、と言うか。
構われたかったと言うか。
バカらしい。
そんなこと言える訳がない。
「返事よこせよ」
「は?」
振り返った雨竜は眉を寄せて、困惑を浮かべている。
「そういうのって、送り主に送り返すのって基本じゃね?」
「なにを言っているのか、意味が解らないが」
しばらく視線を彷徨わせていた雨竜は、口をへの字に結んで返事を返さず教室へと帰ってしまった。
「あ〜…なにやってんだ、俺」
がっくりうなだれた一護は、ノロノロと教室に戻り、その後、雨竜の方を見ることが出来なかった。
3日後。
「お兄ちゃん、お手紙届いてたよ?」
遊子がお玉を手に言って、テーブルを見る。
「おう」
テーブルの上に、白い封筒。
「…あ」
几帳面そうな文字が並んでいる。
引っ繰り返すと、差出人は
「石田――…」
封筒を握り締めて一護は自室へ駆け戻り、ドアを閉めてカバンを放り出し封を切る。
入っていたのは、また白い便箋。
そこに、整然と文字が一行。
――僕は、君の事を嫌いじゃない――
「ンだぁ、これ…」
脱力して座り込んだ一護は、にやける顔を押さえられなかった。