┃┃┃┃┃┃┃ そして真意は闇の中。
一護が昼食に誘った日から、気付けば時々、雨竜は屋上にくるようになっていた。
そして、いつも盛り上げ役は啓吾だった。
「何で俺が。」
思わなくはない。
でも一応はみんなが話を聞いてくれているようだし、それも良いか、と思い始めていた。
そんなある日。
「でさぁ、聞いてくれよ」
啓吾は一護の肩を強く叩いて言った。
「痛ェだろが」
一護は苦い顔をしたが、そんな事は耳に入っていない。身振り手振り大きく話し始める。
一護も雨竜もチャドも、みんな淡々と食事を取っている。が、その耳はしっかり自分の方を向いていることを知っているから気にならない。
いや、全く気にならないわけではないが、最初のころに比べれば気にならなくなってきた。
「それがもう、信じられないっつーか何つーか!」
さぁ盛り上げるぞ!と気合いを入れた直後
「何の話?」
遅れてやってきた水色が啓吾の真後ろに立って訊ねた。
「モテモテのキミには関係ない話さ」
不貞腐れ気味の啓吾は唇を尖らせるが、水色はあっけらかんとした笑顔で
「え〜ぼくにも聞かせてよ。何の話なの?」
小首を傾げる。
なるほど、そういう仕草が年上の心をグッと掴むのか。
啓吾は少し納得するが、自分がやっても似合うとは思えない。自分の見せ方を知っているヤツは強い。結論は、結局そこへ辿りつくのだった。
ちゃかり輪に入った水色に、一護が口を開く。
「初めて好きな子の部屋に行った時の事、だと」
――んな話、聞いてどうするよ。
そんな空気が駄々漏れているが、啓吾に気付く気配はない。一護に視線を投げてにっこり微笑んだ水色は
「あ、そのハナシ聞いた。出されたジュースが養命酒だったんだよね?」
あっさりオチを言ってしまう。
「ぅのぉぉぉぉウッ!
俺のッ俺の話が一瞬で!!」
頭を抱えて叫んだ啓吾に「ウルサイなぁ」と口の中で呟き、水色は笑顔のままで言った。
「でもさ、ぼく思うんだけどね」
全員の視線が水色に集まる。
「養命酒出されたら、それ、オッケーって意味だと思っちゃうよね」
あっさり言われた言葉の意味が理解出来ずに、全員怪訝そうな顔をする。
「あれ?」
再び小首を傾げた水色に、ようやく啓吾だけが反応した。
「そ、ソレはナニか? ナニって意味なのかッ!?」
相変わらずテンションが高い。チャドはなにがしか理解したものか動きを再開させた。
「うーん…まぁねぇ?」
言葉を濁す水色に、まだ怪訝そうな様子を見せていたのは一護と雨竜。
興味のなさそうな顔をしているものの、雨竜が何を言われているのか解っていなさそうなのは明白であった。
「…養命酒に…そんな効能は――」
ボソリと呟くチャドにも、水色は笑顔を向ける。
「でも肉体疲労には効くでしょ?」
――あ、だったら事後に出すべきかもね。
相変わらずの可愛らしい笑顔と声。
それに、話の内容がそぐわない。
だから、未だに雨竜だけが話についていかれていなかった。
一護はそれで少しは理解したらしく
「あぁ…?」
顔をしかめて紙パックを握りつぶし、そっぽを向く。
――一護もこういう話、苦手だもんね。
にんまりした水色は、ターゲットを雨竜に絞って見事な笑顔で話しかける。
「何の話か解らない?」
「…えっ…」
突然正面から話を振られて雨竜は戸惑った。
確かに周りが何の話をしているのか解らず、始めは自分と同じような反応していた一護までが理解したようなのは少し癪だったが。
だが、説明されるのはもっと癪だ。
「いや、大丈夫…」
ボソボソ言った雨竜に、ホントに?と言って、水色は雨竜の目を覗き込んで話を続ける。
「せっかくのチャンスだったのに。勿体無いと思わない? ず〜っとそういうのに夢持ってるくせに」
「夢持ってるとか言うなァっ! 健全な男子高校生たるもの、甘酸っぱい憧れを持って何が悪い!」
「キミはいいよ、もう」
話を振った当人を切り捨てて、水色は雨竜に言う。
「だからさ…」
「石田、聞かなくて良いぞ」
一護が雨竜の肩を掴んでで引き寄せる。バランスを崩して一護に向かって倒れかけた雨竜は、慌てて体勢を整えて眼鏡を押し上げる。
「危ないじゃないか、黒崎!」
「や、でも聞かない方がイイと思うぞ」
「僕だけに聞かせないって言うのは、どういうつもりなんだ?」
「どういうも、こういうも…」
自分の口から説明するのは気恥ずかしく、一護は口篭った。その隙間をついて、水色が話しかけてくる。
「女の子がだよ。その気になってるかもしれないのに、気付かないなんて罪だと思わない?
っていうかさ、恥かかせちゃいけないよね」
「だから言うなってっ!!」
突っ込む一護の態度に、ゆっくりと頭の中でそれまでの会話を繰り返していった雨竜は
「養命酒だ。コレはネタか? なんだコレ。
って反応は、男としてどうかなぁ? って」
水色の言葉に被せるように
「…男と…して…?
女の子の…部・屋…」
小声で呟き、ボッっと音でも聞こえそうなくらい一気に顔を赤らめた。
「あ。」
想像していた以上の反応に、水色は目を丸くして。
啓吾は珍しいものを見た、と好奇心丸出しな顔をして。
チャドは相変わらず無反応で。
一護は、だから言わんこっちゃない、と溜息をついた。
「…えっ、あ…」
一気に話の内容を理解した雨竜は
――学校でなんて話をしてるんだい。
――昼間っから酒を出すなんてどういう考えしてるんだ、その女。
――それ以前に、何故そんなに平然としているんだ、小島君。
グルグル頭の中に回ってしまって、結局意味を成さない言葉が口から漏れるのみ。
「あれ〜ごめん。こういう話苦手だった?」
微笑んで言う水色は、してやったり、と内心ほくそえむ。
やっぱり一護と雨竜は同じくらいこういう話に疎い。
…雨竜の方が幾分か鈍いけど。
あの一護よりも鈍いって、そりゃ相当なもんだよ?
水色は自分の勘が間違ってなさそうな事に満足して、啓吾に向かって言った。
「ほ〜んと勿体無いことしたねぇ、キミ」
「ンなぁっ!」
また叫んだ啓吾は、水色に掴みかかる。
「もし仮にOK、て意味だったとして! それで俺にどうしろと」
「どうって、ヤるコトは一つでしょ?」
「ぐぁっ!」
「ねぇ、いちいち叫ばないと返事できないの?」
水色は、啓吾に揺さぶられながらも器用にパンを食べ
「もしそう言う意味じゃなくて勘違いだったらどうするんだよ」
やはり大声の啓吾に顔を寄せられて僅かに迷惑そうな顔をする。
「その時はその時だよ。巧く言い訳して、それに
女の子に恥かかせるより良いじゃない」
さらりと答えられて、最早啓吾に言葉はなかった。
「ふっ…これが…レベルの差、ってヤツなのか……?」
髪をふわさ、とかきあげ涙を光らせながら言う啓吾を置いて
「さ〜て、教室帰るかぁ」
全員立ち上がる。
ただ、雨竜だけがまだ動揺していて、それに気付いた一護に腕を支えられ
「触るな黒崎!」
「あん? なに怒ってんだよ」
「怒ってないって。いいからその手を…」
「ンなこと言ってもフラフラしてんぜ。大丈夫かよ」
「僕に構うな!」
「あぁ?! 人が親切で言ってやってるのにイイ根性じゃねえか」
「親切の押し付けは迷惑だって言っているんだ」
「ムカつく…意識しすぎなんじゃねーの?イシダサン」
「〜〜ッ!!」
なんて会話を繰り広げていた。
それを見ていた水色は独り言のように呟く。
「うわ〜まるで痴話喧嘩。見ていて恥ずかしくなるよ。ねぇ?」
「・・・・・」
――話を振られても、困る。
チャドは密かに冷や汗をかくのであった。