┃┃┃┃┃┃┃ あした の てんき
浅野啓吾は、今日も至極真面目だった。
そして、かなり本気で、真剣だったのだ。
傍からどう思われていようとも。
「キミさ、無駄な努力はするだけ無駄だと思わない?」
水色から厳しい突込みが入る。
「努力に無駄なことがあろうか! 答えは否!! 努力すれば、きっと実りはある。神様は俺を見捨てたりしないッ」
「あ、そ」
「ケイゴ、そんなのは自宅でやれ、自宅で」
窓際の席で、一護が頬杖つきながら言う。
「一部で良いんだ、一箇所でも良いんだ。俺の望みは――」
「あぁもう良い。勝手にしろ」
「…それくらいで止めた方が…」
「まだまだ! まだまだ足りんぞ〜〜」
チャドの声は啓吾の大声にかき消された。
「なに…やってるんだい?」
何の予告もなしに、音もなくやってきた雨竜が訊ねる。
「ぬあぁっ」
「!」
驚いたあまり窓枠から落ちそうになった啓吾を、間一髪チャドが掴まえて教室内に下ろした。
「た・助かったぜ…」
ゼーゼー息を荒げる啓吾に
「脅かしちゃったかな…大丈夫かい?」
ちょっとだけ申し訳なさそうにしながら、雨竜は窓にびっしり並んだものを手に取る。
手芸部の彼から見れば(いや、ド素人が見たって)それはとてつもなく不恰好だった。補正したい気持ちを必死に抑えて、雨竜は聞いた。
「これ…」
「啓吾が作ったんだ」
最期まで言う前に、一護がドコまでも嫌そうな声と顔で答える。
「浅野君が?」
雨竜は不思議そうに啓吾を見た。
「え? 何の為に?」
問われて啓吾は目を剥く。
「何の為、だと…?」
ゥゴゴゴゴと怪しい妖気すら感じさせる啓吾から距離を取りつつ
「――僕、彼の気に障るような事言ったのかな」
雨竜は一護に耳打ちする。
「言ったんじゃねぇの? アイツ怒ってるし」
「どうして?」
「だから、気に障ったんだろ」
本日の一護はいつも以上につれない。
「…君の態度って、常に鼻につくな」
「ウルセ」
「・・・・・」
雨竜の顔が引き攣る。が、青筋立てるのだけは必死に押さえて、雨竜はチャドを見上げた。
「・・・・・」
黙ったまま見下ろしたチャドは、啓吾と水色を指差す。
「もう止めなよ、無駄だってば」
「諦めるな俺ッ」
「諦めなって」
溜息交じりな水色の忠告にも、啓吾は一切耳を貸さない。
「コレで苦しんでる人は俺以外にもたくさん居るはず、だから、戦う。どこかに居る仲間のためにィッ!」
「それで体育祭に備えて逆さテルテル坊主大量生産か、運動音痴は大変だな」
握り拳を高く上げる啓吾に、一護の冷たい声。
「違う、俺は運動音痴じゃないっ」
「あぁん? じゃぁなんでそんなの作ってるんだよ」
一護は立ち上がって窓からテルテル坊主をもぎ取った。
「何するんだよぅ」
「何ってな、このまま帰れるわけねえだろ。回収だ回収」
ひょいと取っては後ろに投げられるテルテル坊主を、雨竜とチャドが回収して袋に詰めていく。
「一護おぉぉぉ!!」
「運動音痴じゃねえってんなら、必要ないだろうが」
1時間かけて制作・吊り下げたブツは、一護の手によってあっという間に回収されてしまった。
「解ってないな、一護」
ゆらりと立った啓吾が言う。
「目立たなければ意味はないのだよ!」
「目立つ?」
「この学年、いや、このクラス。
妙に運動神経良いの揃ってるから俺が目立たないじゃないか!!」
「あぁ?!」
「それに運動神経は特によくないくせに、コイツはきっと妙に上級生のお姉さまに受けるんだろうし!」
涙目で啓吾は水色を指差す。
「えー。困ったなぁ。そう言うイベントじゃないのに」
「このモテモテ君が――ッ」
えへへ、と照れたような仕草で頭を掻く水色に詰め寄る啓吾の足が、雨竜の一言で止まった。
「でも、雨天順延だよ。」
「へ?」
「例え雨が降っても、よっぽどの事でもならない限りは最終的に行われるだろう。中止にはならないよ」
「あっ」
「だから無駄なことは止めろって言ったのにぃ」
そう言う水色の首を締め上げて、啓吾は尚も叫ぶ。
「神はッ! 神は俺を見捨てたのか…ッ」
「そんな大袈裟な…」
「えぇい、全部お前のせいだお前のぉぉ」
「きゃー、タスケテー」
楽しそうにじゃれついてる啓吾と水色、止めようかと迷っているチャドを横目で見て一護は鞄を手に取った。
「石田、帰るぞ」
当然のように言って、一護は教室のドアを目指す。
「何で僕が君と一緒に…」
抗議しかけた雨竜を振り返って
「じゃぁコイツラにまだ付き合うってのか? そんじゃ俺は止めねえ」
――じゃな。お先。
一護は片手を挙げた。
まだゴチャゴチャやっている3人と一護の背中を見比べて、雨竜は眉を寄せる。そしてテルテル坊主を入れた袋をチャドに渡すと
「ちょ…黒崎! 僕は別に君に言われて帰るんじゃないからな」
小走りに一護の後を追いかける。
「はいはい、解ってまーすよ」
「もうっ、本当に聞いてるのかい?!」
「聞いてるって。マジうるせえなぁ、お前」
「うるさいとは失礼だな。大体君はいつもそうやって命令口調で…」
「――文句あるならついてくんなよ」
「なっ、誰がついていってなんて…」
「あぁ方向が一緒なだけか。じゃぁしょうがないよなァ。途中まで一緒でも」
「黒崎ッ」
「なぁ、あの二人の遣り取り聞いてると、痴話喧嘩に思えてくるのは俺だけか?」
廊下から聞こえてくる会話に啓吾は思わず呟いた。