┃┃┃┃┃┃┃ 聞かせてアナタの好きな人  

「そういやさ」
 切っ掛けはまたしても啓吾だった。
「一護と石田から、聞いた事ないな」
「なにをだい?」
 読んでいた本から目を上げて雨竜は尋ねる。
「好きな女の子のタイプ」
 ビシッと人差し指立てていった啓吾に
「あ? 何だソレ」
「あまり興味ないからな…」
 あっさりと二人は答える。
「そんな不健全なっ!」
 叫ぶ敬吾に一護と雨竜は目を見合わせ、慌てて視線をそらした。
「別に良いじゃねえか」
 今日もテンション高く興奮気味な啓吾に、一護は言う。
「良くねぇッ!」
 断じて宜しくないぞ一護!!
 興奮してきた所に
「どちらにしろ、僕たちの好みなんて浅野君には関係ないだろう?」
 本から視線を外さず雨竜は言って、啓吾をますます怒らせる。

「年頃の男子ともあろうものが! そんな事で許されるのだろうかっ?!」
「…なんでお前の頭の中はソレだけなんだ?」
 不思議そうな声を出した一護に敬吾は更にヒートアップしてきた。
「えぇぃ! どうしてそんなに女の子に興味ないんだッ。アレか? お前らも黙ってても女の子が寄ってくるタイプなんだなコンチクショウッ」
「…浅野君、何かあったのかい?」
「あぁ、昨日ね、ナンパ15回連続NGだっただけだよ」
「15回」
「そう、よくやるよね」
 啓吾が一人で大騒ぎしている後ろで、雨竜と水色はそんな会話。
「年頃の男子がそんなんじゃイカンッ! オレが合コンでも企画してやろうじゃないか」
 ふふふ、と笑った啓吾、目がヤバイ。完全に座ってしまっている。
「啓吾、俺は行かねえぞそんなの」
「あ、僕もご遠慮した…」
「ノ――ゥッ!!!」
 突然の啓吾の大声に、ビクリ、と雨竜が怯える。一護も目を丸くして動きが止まる。何も変わらず居るのは、慣れきっている水色と、多少のことには動じないチャドだけ。

「ダメだダメだダメだ! 来るのだ、来るのだヨ君たちも…」
 ぐふふ、と背中で笑った啓吾は皆をひたりと見据える。そして次々指差して言った。
「ちょっとワルそうで目付き悪いし仏頂面のオレンジ頭だけど、実は面倒見の良い頼れるイイヤツと!」
「…あ? 俺のコトか?」
「線が細くて、クールそうに見える一見秀才タイプ、その実、実に良いリアクションをとってくれるオモシロいヤツと!」
「…それって、僕のことかい…? オモシロ…って…心外だな」
「天然フェロモン可愛い系、お姉さまの食いつき良し! なヤツと」
「天然フェロモンなんて、褒めないでよ〜」
「ワイルド系寡黙な男と!」
「…俺も入っているのか…」

「そして、何の変哲もない俺!!」

 啓吾は自分の言葉に打ちのめされた。

 全員が見守る中、がくりと崩れ落ちた啓吾はなかなか立ち直らない。
 なにやら妙なことを企画しだしたことは確かなので、下手に触らないでおこう、とそれぞれ思って放置することにする。
 暫くして、
「イヤ、濃すぎる面子ってのも嫌がられるものさ、ウン。俺くらいにアクのないのが居た方が場もまとまるってモンよ、へへへ…」
 などと言いながら、自分を慰め慰め立ち直った啓吾は、再び一護と雨竜の前に立つ。
 まだ言うのか、と嫌そうな視線を寄越す二人に、啓吾は言った。
「言うまで帰さん。
 さぁ言え! 言うのだっ、どんなのがタイプなのか、どんな人が好きなのか!
 好きな人の一人や二人居るだろうが!!」
 さぁ!!
 詰め寄られて、考えるように視線を彷徨わせていた雨竜が「あ」と小さく呟いた。
 思いついたか?!
 と、気色ばむ啓吾の見ている前で、雨竜の顔は険しくなっていく。そして嫌そうに眉間にシワを寄せ、ちらりと横を見て…溜息をついた。
「石田? どうした? 思いついたんじゃないの?」
「えっ?」
 訊ねられて、雨竜は顔を作り直して眼鏡を押し上げる。
「いや、なにも」
「嘘吐け。今の顔は何か思いついた顔だろう。吐けっ、吐いてしまえ! そうすればお前は楽になるぞ〜」
 指をワキワキさせながら寄っていく啓吾から腰を引き気味に雨竜は言う。
「なんでもないって」
 本当になんでもないから、気にしないで。
 そうは言っても、思わせぶりな態度を取られると余計に気になってしまう。
「い〜や、今のは何か思いついた顔だ」
 言え、聞かせろ、お前のタイプを!
 引くものか、と間近で迫る啓吾に、雨竜は困った顔で周囲に助けを求めてみるが、一護が助ける筈もなし、チャドも特に反応はないし、水色に至っては興味深そうに目をキラキラさせて二人の遣り取りを眺めている始末だ。

「…どうしても?」
 浅野君、近付きすぎ。と、顔を寄せてくる啓吾の肩を押しながら、雨竜はまだ悪あがきする。
「どうしても」
 勿論啓吾に引く様子はなく、雨竜は困る。
 しまった、安易に表情に出すんじゃなかった。
 思っても、後悔先に立たずなのだ。
「本当に、本当?」
「本当に、本当。」
 真剣な啓吾の様子に、雨竜は観念して、はふ、と気を吐いた。

「ぅー…ん。僕、答えられないよ?」
 面白いものでもないし、と往生際の悪い雨竜に、啓吾は掴みかかりそうな勢いで言う。
「いいから、さっき思いついたものを答えるがいい、石田!」
「…帰してくれないなら、仕方ないな…」
 雨竜はまた、チラリと隣に視線を走らせる。
「答える気になったか」
 じゃぁ、改めて聞くぞ、と咳払いして啓吾は言った。
「好きな女性のタイプは?」
「…プリンに醤油かけて『ウニでも食おう』とか言わない人」

 女性、と言う部分に微妙な顔しつつも答えた雨竜の言葉に、啓吾の動きが止まる。と同時に、一護に額にビキリと青筋が浮いた。
「なんだ、そりゃ…」
 言わない人、じゃなくて、もっと、胸がでかいとか髪が長いとか、色々あるだろうが、と言う突込みを入れるよりも早く
「俺も思いついたぜ」
 一護が言った。
 こちらも聞きたいと思っていたコトなので、即座に啓吾は飛びつく。
「おう一護ぅ! 聞かせてもらおうじゃないか」
 喜び勇んで聞けば、一護は何故か不愉快そうな顔で答えた。
「100%ジュースしか買わないくせに、水で割って飲むなんてことをしない人」
 ピクリ、と反応した雨竜が、続けて言う。
「……僕はね、あとキュウリに蜂蜜かけて、メロン食おうとか言う人もイヤだな」
「食うと後悔するけど食いたいって言って買っておいて、本当に一口だけ食って残りは人に食わせないヤツが良い」
 雨竜の言葉に重ねるように一護が答えて、その言葉に雨竜が引き攣った。
「――ッ……デリカシーの欠片もないような奴は御免だ」
「神経質な奴は疲れるから勘弁な」
 どんなに答えても重ねるように言われる一護の言葉に、耐えかねたように雨竜は立ち上がってドン、と足踏みする。
「黒崎!!」
「なんだよ、石田」
 下からギロリ、と睨まれた雨竜は、奥歯を噛み締めて言葉を吐き出した。
「君はどうしてそう…ッ!!」
 罵ろうとして、思い直して引き攣る顔を必死に修正する。一度落ち着け、と深呼吸したものの、やっぱり頭に一度昇ってしまった血は簡単には下りてこない。口を開けば怒ったような口調になってしまって、そのまま勢いで雨竜は言い訳がましく一護に向かう。

「もうっ良いじゃないか、割って飲もうが何しようが! 100%じゃ濃すぎるけど、30%とかのは甘ったるくて厭なんだよ。だから自分で良い濃さにするんじゃないか。何か文句あるのか?
 それに一口しか食べないって言うけど、僕は代金要求してるわけじゃないし、君は嫌いじゃないっていつも言うだろう。食べてくれるかどうか確認してから買ってるんだし、どうして今更そういうこと言うかなぁっ」
 言われた一護も立ち上がって言い返した。
「あぁ?! 初めに言い出したのはテメーだろうが。
 それにアレだアレ。合わせてそれっぽい味になるって聞くと試したくなるだろ? な?」
 茫然と二人の遣り取りを聞いていた啓吾は、突然振られて驚き、口を開ける。
「……は?」
 ようやくそれだけ返した啓吾に、苛々と髪を掻き毟りながら一護は言った。
「だ〜か〜ら〜〜ッ! 王道だとプリンに醤油かけるとウニ、とか。
 マグロの赤味にマヨネーズと醤油で大トロ、麦茶に牛乳と砂糖で珈琲牛乳、カルピスと梅干しでチーズケーキ、チーズに蜂蜜をかけると栗、リンゴを食べた後に牛乳を飲むと苺っぽくなるとか!
 聞いたら試してみたくなるのが人間てモンじゃねえか? いや、チャレンジするのが男だろうッ!!」
 そうだろ?
 拳を握り締め力説する一護の後ろから雨竜の悲痛な叫びが響く。
「だからって僕にまで食べさせないでよ。君みたいな鉄の胃袋は持ち合わせてないんだから」
「大丈夫! 念のためにオヤジから胃薬も貰って…」
 今だ拳を掲げたままで言う一護に、雨竜は泣きそうな声で言う。
「胃薬必要だと思うなら最初からやるなよな! 一体どれだけ僕が苦しんだと思ってるんだ!」
「知らんっ」
 一護は雨竜の意見を全く無視している。視線は熱く太陽を見上げたまま。
「知らんじゃなくて…あぁ、本当に君ってデリカシーに欠けるって言うか、自分勝手だよね」
 苦々しい顔で眼鏡を押し上げた雨竜に、一護は真顔で振り返った。
「じゃぁついてくるなよ」
 あっさり言われた台詞に、雨竜は絶句した。そして立ち直ると直ぐに大声を出す。
「なっ?! 僕がついてってるんじゃくて、君が強引に連れてくんだろう?
 いや、押しかけてくるんじゃないか、僕の家に。
 そういうお遊びには僕じゃなくて浅野君や茶渡君誘えよ、黒崎一護!!」
 キィっと怒りを露にした雨竜にも、一護は真顔で言うのだ。
「啓吾やチャドが腹壊したらどうすんだよ」
 
 間。

「……ぅ…あ…っ。あ…き、君・は…ッ、君は僕なんかどうなっても良い、と思ってるのか…?」
 たっぷりの間を空けて、雨竜が搾り出すように呟いた。
 うん? と首を傾げた一護は
「良くねえ。だから胃薬用意してるんだろ」
 何でもないコトのように答える。
「で…でも…」
 じゃぁどうして自分を? と疑問を感じる雨竜に、一護は鬱陶しそうな顔で言うのだ。
「あ? ナニが不満なんだよ。面白そうな事やるのにわざわざ嫌いなヤツ誘うとでも思ってんのか?」
「・・・・・」
 カァッと雨竜の顔が赤くなった。
「それとも何か? 俺が楽しいコトやるのに、お前は参加するのがイヤだと」
 相変わらず偉そうに言う一護に、雨竜は視線を外してしどろもどろで言う。
「そ、そうは言ってないけど…」
 ブツブツ言う雨竜を鬱陶しそうに見やった一護は、面倒臭そうに頭を掻いた。
「じゃぁ文句言うなよ。黙ってついてこいよ」
「…どうしても、主導権は君にあるのか?」
 眉を寄せて言う雨竜に、一護は顔を顰める。そして雨竜を指差した。
「あぁ〜? じゃぁお前、面白いこと企画しろ。それだったらお前の言うことに乗ってもイイんだぜ」 

 何が何だかサッパリ解らない。
 面白い事っていつも浅野君が色々企画してるじゃないか。
 それには乗らないくせに、妙な食材買って家に遊びに来るのはどうしてだ。
 自分の理解を超えた一護の言動に、頭の中がグルグルしてしまう。困惑して、考えることも儘ならなくなった雨竜は、いつものように呟いた。
「君って、やっぱり理解できないよ」
 そんな言葉をも、一護はばっさり切り捨てる。
「そりゃお前がバカなんだろ」
「ひ、ひどいな黒崎」
 雨竜はどもって、眉を寄せた。
「本当のことだろう」
「そんな事ないよ!」
 そのまま例の如く、売り言葉に買い言葉の言い争いになってしまう。

 もうこの二人の言い争いは日常風景で、こんなの慣れっこになっていた筈なのに…今日の周囲は妙な顔をしていた。

 うわぁ、ナニ? あの二人って本当にデキてるの? 冗談かと思ってからかおうと思ってたのに、マジじゃ弄れないじゃない。
 嫌いだって言いながら、明らかに、好きなタイプって言われて相手の顔思い出しちゃったパターンだよね、コレ。
 驚いたように眼を丸くしていた水色は思って、残る二人はどうだろう、と横目でチェックする。
 啓吾は訳が解らない、と言った顔で二人を眺めているし(好きなタイプを聞いたのにどうして嫌いなタイプの話になって、お互いがお互いを指す事を言って喧嘩始めたのか理解していないと思われる。)チャドは我関せず、と言った顔で黙って座っている。(でもその額に嫌な汗が浮かんでいるのを水色は見逃さない。)
「痴話喧嘩は、イヌも食わないって言うよねェ…
 いや〜あの二人よくやるね。なんて言うか、ラブラブってヤツ? ホント、見てて飽きないや」
 ズズゥとフルーツ・オレを飲んで、水色は呟いた。



おぉ、サイト開設時からチャレンジしていたお題、ついに完走です。
実はかなり初期の段階でこのネタ思いついていたのに、なかなか文章にならず…
でも2000オーバー時に代打で「痴話喧嘩」というリクエストいただいたので、喜んで書かせて頂きました。時間掛かったけど。
と言うことで、これは石棚様に捧げますv だ、ダメでしょうか、お好みの痴話喧嘩じゃなかったらごめんなさい。
次にチャレンジはめがねなあの人十のお題かしら(笑)
「…はずしてみていい?」は萌えですよね。私も読みたいですもの。
いえ、自分で書くのもですけど、むしろこのお題使ったイチウリアンソロ読みたいです。
わぁ、どなたか作ってくださらないかしら(笑)