┃┃┃┃┃┃┃ あ 諦めは悪い方だけど  


 自分が執着心の強い人間だとは思っていない。
 諦めは悪い方だけど、それと物事に執着するかどうかは別問題だと思っている。
 出来る事は全力で遣り通したい。そう思っているから結果諦めが悪いと言われることになる。簡単に諦めて堪るか。そう思うだけなのに、一部の人間にとっては鬱陶しい考え方らしい。
 主義主張も、自分の言っている事は極単純で解り易いと思うのに、周囲の評価は「解らない」が多数だったりする。ストレートすぎて理解出来ない、と言われる。そしてあまりに真っ直ぐすぎるのは自分も傷つくぞ、なんて心配されたりもする。
 余計なお世話だ、と思わなくもなかったが…好意は素直に受け取っておこう。そう思って笑顔を返した。

 すると。

「……し、心配してやってるんじゃないからな」
「ん?」
 石田は頬を染めて言う。
「だから、別に僕は君のことが心配でこう言ってる訳じゃ…」
「え。うん、解ってる」
 何度も言われずとも、石田が自分を嫌いだと言い続けているのは知っているし、それが本気じゃないことだって知っている。そして、例え本気で俺を心配してくれているとしても、その口からストレートにそんな言葉が出るなんてのは万に一もないことだって解っている。だから、彼の言葉を敢えて否定はしなかったのだ。「そんなコト言って。本当は俺のことが心配なんだろう?」なんて冗談ででも言ってみろ。キレた石田に何をされるか解ったもんじゃない。頭に血が昇ってキーキー言っている石田も面白いけれども(そして可愛いだなんて思わなくもないが)怒らせたものをなだめるのは結構面倒なのだ。意外と石田は後に引き摺る。それは面倒臭い。そう思っての俺の返答だったのに、何が気に入らなかったのだか、石田はやっぱり怒った。
「ナニその返事」
 どう言っても怒るのだろうか。
 黒崎一護の発言に対しては怒るべき、というシステムでも出来上がっているのだろうか。
 呆れた俺は半目になって石田を睨んだ。
「なにって…お前、俺の事心配してないんだろ」
「し、してないけど」
「だったら、俺の答えのナニが気に入らないんだ」
 突っ込んでやると意思だの視線が宙を彷徨う。そして、曖昧な答えを返してくる。
「あー…うん」
「うん、じゃなくて」
「えーと…」
 モゴモゴと口の中で呟いた石田は
「僕が心配するかどうかじゃなくて、君が傷つくとさ、井上さんとか、ご家族が心配するじゃないか。君の事を大切に思ってくれている人に、心配掛けちゃいけないよ」
 自分の中で良い言い訳を見つけて言い返してくる。

 ああ言えばこう言う、というのはこういうのだろう。
 本当に面倒臭い。そして、そう思いながらも石田に関わらずに要られない自分も相当に面倒臭い人間だと思う。

 だから、僕はそういう人たちの気持ちを代弁して……
 なにやら石田が言っているが、無視して家へと足を向ける。
「ちょっと、黒崎! 聞いているのかい?」
 駆け足で追いついてきた石田は俺の顔を覗き込んだ。
「聞いてる。お前の言う事も尤もだ。だがな」
 足を止めると、石田もつられて足を止める。
「出来るなら、そういう台詞は好きな奴が心から言ってくれた方が嬉しい」
「え。それって朽木さんとか井上さんの事?」
「あのな」
 どうしてこういう時にルキアやら井上の名前が出てくるのか解らない。何でいちいち、石田が彼女らを引き合いに出して思考するのかも解らない。

 面倒臭い、本当に鈍くてイヤだ。

 そう思いながら、俺は大きな溜息を吐いて頭を掻いた。
「解らねーみたいだから教えてやるよ」
「なにその偉そうな言い方」
「俺は、お前から言われたいって言ってンの」
「へ?」
 ちょっとした言い方一つにも引っ掛かってくる石田の言葉を遮って発言する。素っ頓狂な声を上げて、目を真ん丸にした石田は硬直する。
「俺は、石田雨竜が心から心配してくれるなら――」
「わぁぁっ、それ以上言わなくて良いっ」
「言わなきゃ解んねーだろうが、お前」
「わ、解った。解ったから!」
 必死で手を振る石田の顔はなんだか真っ赤で、それはそれで面白いものを見られた、と俺は笑って歩き出す。しばらくして、とたとたと足音立てて追いついてきた石田が窺うようにこちらを覗き込みながら言った。
「ねぇ、黒崎」
「ンだよ」
「さっきの、本気?」
「あん?」
 目が合うと、慌てて視線を逸らして眼鏡を押し上げる。その頬はまだ紅い。
「だから…僕が君の事を…えーと、本気で心配してるなら――って…」
「嘘ついてどうする」
 解った、と言ったくせに疑わしげな石田に、俺は呆れた視線を投げる。きょとん、とした石田は、考えるように唇に親指を当てて小首を傾げた。
「え、なんだろう。罰ゲームとか。僕を懐柔させてこい、とか」
「どんな罰ゲームだ、そりゃ」
 やっぱり理解っちゃいない。それをコイツに期待するのは無理ってもんだよな。
 第一、これっぽっちの台詞で口説き落とせる相手だなんて思っちゃいない。
 俺は苦笑いを返して立ち止まる。
「本気だって。お前がもっと自分を大切にしろ、とか言うなら考えてやっても良い」
「自分のやり方を変えようなんて気、全くないくせに」
 ボソリ、と呟いた石田の表情は、夕日が反射した眼鏡に隠されて良く見えなかった。

「君さ、傷つくような戦い方も止めなよ。周りに心配させるのは、いけないと思う」
 小さく言われた言葉に、俺は何の気なしに言葉を返す。
「そりゃこっちの台詞だってーの。オメーこそ自分が傷つくようなことばっかりやってんじゃねぇの? 少しは素直になれ。助けだって求めてみろ。俺だったらいつだって助けてやるから」
「君に助けられる筋合いはないよ!」
「そうか? でも、石田がムダに傷つくのなんて見たくねえ。
 ――俺はお前のことが心配だし。」
「…………え?」
 かなりの間があって、石田の口から声が漏れた。
「…ん?」
 どうした、と振り返ると
「あ…ありが、とう…」
 石田が、はにかんだような笑みを零していた。

 何だ?
 一瞬目を疑う。
 次に、
 そんな表情他のヤツの前でするんじゃねえ!
 なんて、思う。

「な、なんだよっ」 
 あまりに驚きすぎて、目を見開いたまま呆けていた俺に、石田が怒ったような声を出す。
「僕が素直に嬉しいって言うのがそんなにヘンなのかい?」
「え、違…!」
「あぁもう、良いよ。二度と言わない」
 フン、と鼻で息を吐いた石田は、荒々しい足取りで俺を通り越していく。

 執着心があまりないと自負している自分が、唯一と言っても良いほど構い倒したいのはコイツだけ。
 諦め悪く、いつかは俺の気持ちを素直に受け取ってくれないだろうか、なんて思い続けているのも事実。
 他の事柄と一緒で、あまりにストレートに言葉をぶつけすぎるから伝わらないのだろうか。
 そんな風に思っていた矢先の、あの石田の顔と言葉。
 ――もしかして、伝わってる?
 もう少し、強引に押しても良いんだろうか。
「石田、なぁ、なーってば!」
 慌てて後を追いかけた俺は、怒らせた肩に手を伸ばしながらこの先どうしよう、なんて考えていた。