┃┃┃┃┃┃┃ り リタルダンドがいい
何故か今日も一緒の帰り道。
自然に同じタイミングで教室を出る。同じタイミングで
「それじゃぁ」
と、残っているクラスメイトに言う。
「おう、また明日な」
そう言う彼らの視線が気にならなくなったのはいつだっただろう。
案外簡単に、新しい人間関係に人は馴染むものだ。いつまでも気になっている自分が可笑しいのかもしれない。でも――
あまりに自分と彼とは異なっていて、どこかでその日常が重なることがあるだなんて思っても居なかった。彼と共通の時間を共有することになる日が来るだなんて、想像もしていなかった。いや、そう思っていたのは自分たちだけで、クラスメイトの一人などは「2人とも、似たもの同志だからね」と、笑って言うのだ。
「どこが?!」
同時に聞き返してしまい
「そういうところが」
とあっさり切り返される。目の前に突きつけられては言い返しようもない。二人して黙り込んでしまうと
「ほら、やっぱり似てるよキミたち」
彼はさも可笑しそうに笑った。
通学路、今日は殆ど人に出会わない。
「なぁ石田」
黙って斜め先を歩いていた黒崎が振り返る。
「どうしてお前、ここに居るんだ?」
そして、口から出るのはなんとも失礼な質問。いつものこととは言え、腹が立つ。真意が見えないから余計に腹立たしい。
「たまたま同じ方向に家があるからじゃないか」
口を開けば飛び出してくるのは刺々しい含みを持った言葉たち。大人気ない、と思いながらも止めることは出来ない。
「そういう意味じゃなくて」
「……君は僕が邪魔だ、と、そう言っているわけか」
なるほど。
そう呟いて足を速める。目障りならそう言えば良い。遠回しに嫌味など言ってくる必要はないのだ。
周囲に目を配ることもなく家路を急ぐ僕の肩を、強く掴んで強引に振り向かせる人が居た。
睨んだ先には、想像通り黒崎一護。
自分で失礼な事を言っておいて追いかけてくるなんて酔狂もいいところだ。
「石田、何怒ってるんだよ」
「君は、自分がなにを言ったのか覚えてないのか」
「あぁ?」
黒崎は、何を言われているのか解らない、とでも言いたげな顔をする。
――無意識にあのような発言をするだなんて、自分は余程彼に嫌われているのだな。
会話をするのも馬鹿馬鹿しく、僕は彼に背を向けようとする。だが、彼の手はそれを許さなかった。
「離してくれるかな」
「イヤだ」
「何故」
「だって、離したら帰っちまうだろう、お前」
「………」
当たり前だ。
もうしばらく歩けば彼と自分の通学路が交わる場所に辿りつく。そこまで行けば、彼と同じ場所に居なければならない、なんてこともなくなるのだ。彼にとっても都合が良いだろうに。
「あのな、また勘違いしてるみたいだから言うけど」
「なんだよ」
余計なフォローなど要らない、と顔を顰めた僕に、黒崎は真剣な顔で言い放った。
「別に、邪魔だとかそういう意味じゃねーぞ」
「………」
「あぁ、その顔はやっぱり勘違いしてるな」
――勘違い、と言うなら、させたのは君じゃないか。
開きかけた口を閉じる。言い返すのは、やっぱり莫迦らしかった。
「何で、って言うのは……あぁもう、説明するのも面倒くせぇなぁ!」
黒崎は頭を掻き毟って言う。
「だから、お前と俺が一緒に居るなんて、面白いこともあるもんだよな、ってそういう意味だって!
そうだろ? お前のコトになんて、俺は最初、一切気付いてなかったわけだし」
「…本当に僕のこと怒らせるの得意だよね、君」
「え? そんなつもりは一切ないんだけど」
「…解ってる」
いちいち彼のデリカシーにかける発言に食って掛かってちゃ疲れる。それは解っていても――迷惑だ、と暗に言われているような発言には、ムッとしてしまう。いや、正しくは傷つくのだ。自分の存在が彼にとって「良い」モノだとは思えない。だからこそ、そう言われるのは自分の考えを肯定されているようで…イヤだ。
なんて我侭なんだろう。
僕はこんなに我侭で聞き分けの悪い人間だっただろうか。
自分でも、不思議になる。
「だったらイイじゃねえか」
僕が本気で怒っているわけではない事を理解した黒崎は、安心したように笑う。それから、もう一度迷うように視線を逸らしてから言った。
「だからさ、今お前が側に居るのを、俺は当然だと思ってるわけだが。俺が死神代行やってなきゃ、お前が声かけてくれることもなかったんだよなって思うと――凄く変な気分になるんだ」
「それは……」
側に居るのが当然。
そんな一言で、僕の気分は完全に持ち直した。それどころか、高揚してくる始末だ。単純すぎて笑えもしない。
「別に、声かけたわけじゃないよ」
「あぁ、ケンカ吹っかけてきた?」
「…そういうつもりでも、なかったんだけど…」
それを蒸し返されるのは気まずい。いくら彼が僕を認識した初めての出来事だと言っても、彼がアレを納得していないのは知っているから、どんなつもりで話し出すのか警戒してしまう。自業自得、正にそれだ。
多分、僕はずっと黒崎に負い目を感じてしまうのだろう。なんてことだ。
「なー、石田」
「なんだい、黒崎」
「唐突なんだが」
「それは、いつもの事だろう」
「キスしても、良いか?」
「――っ?!」
急に何か言い出すのはいつもの事だとしても、あまりに発言が突飛過ぎる。
呆気に取られた僕の手を、彼は強引に引っ張っていった。
連れて行かれた先は、駐車場の車の陰。
確かにここなら、人の目にはつきにくいだろう。
「や、黒崎、マズいって!」
腰も引け気味の僕に、黒崎はグイ、と顔を寄せてくる。
「でも、したい」
「…そう、言われても」
万が一、見られたときに問題が大きいだろう。そう思ってそこから出ようとする僕を、黒崎は壁に押し付ける。
「任せろ、完璧だ」
「何が完璧なんだ…?」
真顔で言われた言葉はあまりにも根拠のない自信に満ちていて、僕は呆れるしかない。
諦めて僅かに小首を傾げてみせると、黒崎はそっと顔を寄せてきた。
ゆっくりと顔が近付く。それはまるでリタルダンド。時間の流れを遅く感じた。
――人に見られる。早く。するんだったらさっさとしてくれ。
色気もクソもない事を思う僕の気など知らず、黒崎は不器用に唇を重ねて離れた。
「……帰ろうか」
「顔、赤いよ」
「…お前もな」
指摘されなくても、頬が熱いのなんて先刻承知だ。
「気のせいだよ」
「素直じゃねーな」
軽口を叩いているうちに分かれ道に来てしまう。こういう時の時間の流れは常に速い。
「こういう時間こそ、リタルダンドで良いのに」
ぽつり、と呟いた言葉の意味は黒埼には伝わらない。
少し歩幅を狭め、足を緩めた僕に合わせるように、黒崎もゆっくりと歩き出す。
「今度の土曜、一緒に映画でも行かねぇ?」
「映画?」
のろのろと歩きながら、彼はそんな事を言ってきた。
「親父が割引券もらったんだってさ。期限が迫ってるから彼女とでも行って来い、って」
「僕、君の彼女じゃないよ」
きょとんとした顔でこちらを見た黒崎は、真剣な顔で
「じゃぁ、俺たちの関係って、互いに彼氏か?」
「…は?」
「あ、単純に恋人って言えば良いのか。悩むことじゃなかったな」
一人納得して大きく頷く。その言葉に、カァッと顔が熱を持つのが解った。
「んでさ、その映画ってのが――って石田?」
「か、彼氏とか彼女とか恋人とか、僕たちはそういう関係じゃないだろう?!」
地団太を踏みかねない勢いの僕に、黒崎は平然と言う。
「ンだよ、人に説明するのに名称があったほうが良いと思っただけだよ。
そんなに怒ることじゃないだろうが」
「説明するなよ!!」
「するって! させろよケチ!」
「ケチで悪かったねっ、一人暮らしの学生は貧乏なんだよッ!」
「だから映画の割引券やるって言ってんじゃねーか」
徐々に論点のズレだす口論を続けながら、二人が背を向けあうまであと50メートル。
――なんて言ってOKを出そう。
君の好きにすれば良い。
そう言ったなら、彼はどこからどこまで好きにするんだろう。
少し試してみたい気持ちが沸き起こって、僕は少し戸惑っていた。