┃┃┃┃┃┃┃ が 願を掛けた日  


 石田雨竜は笑わない。
 黒崎一護は、それが何よりも気に食わなかった。
 多少物言いが癇に障る部分だとか、それも気に食わないといえば気に食わない。

 自分が死神(代行)でアイツは滅却師。相容れない存在らしい事は初っ端に聞かされた。
 そんなの、自分には関係のないことだと思う。過去のしがらみを、代行でしかない自分にぶつけられても困る。
 そして、なにも自分が死神の能力を持っているからと言ってあんなに冷たい視線を向ける必要もないではないか、そう思うのだ。 
 
 そんな日が続いていたある日。

「ねぇ石田くん」
 織姫が雨竜に話しかけていた。
 同じ部活だと言うし、実際あの2人が喋っている所は珍しくない。普段クラスメイトから滅多に声をかけられない雨竜に、積極的に話しかける人間など数人だ。
 それに気付いたのも極最近。雨竜を気にしだしたのが最近なのだ。
 一護の石田認識暦は短い。
 認識暦は短いが、色んな感情がごっちゃになって濃密といえば濃密な数ヶ月ではある。
 なんとはなしに耳が2人の会話を拾っている。例によって部活の話。一護には全く興味のない内容だ。

 ――あ〜もう、なに気にしてんだ、俺。
 自分でもバカらしくなって声をシャットアウトしようと思ったその時
「あ〜もう、笑わないでよ石田くん!」
 織姫の憤慨したような声が聞こえてきた。

 ――は?
 一護は耳を疑う。
 ――今、井上なんて言ってた?
 ぽかん、と口を開けた一護の目に、確かに微かに震えている雨竜の肩が認識された。

「も〜っ、ちょっとした間違いじゃない」
「ごめ、ゴメン井上さん」
「まだ笑ってるー!」
 軽く握った拳を振り上げる真似をする織姫と、頭を下げて小さく肩を竦める雨竜。
 その様子はまるで付き合っている2人の、恋人同士の遣り取りのようで―― 一護は急にムカついてきた。ガタっと音を立てて立ち上がり、まだ震えている肩を目指して近付いた。

「おい、石田ぁ」
「……なんだい? 黒崎」
 後ろから声をかける。その瞬間に、雨竜の身体から緊張した空気が発せられた。
「……なんだよ、それ」
 むくれる一護を振り返り、雨竜は何がなんだか解らない、といった顔をしている。
「なにって?」
 首を傾げる雨竜の後ろで、織姫が少し心配そうな顔で二人を見守っていた。それまで談笑していた雨竜が、一護の声を聞いた途端に表情を強張らせる。そして、いつもより心持ち低い声を出す。
 それは動物が警戒して低い唸り声を出すのにも似ている。
 教室内でお互いに突っかかりやしないかと、織姫はハラハラした面持ちで見詰めていた。
「お前、笑うのか」
「はい?」
 唐突な言葉に、雨竜の目が丸くなる。織姫からも、少し力が抜けた。

 ――何を言っているんだろう、この人。
 手芸部コンビからはそんな空気が漏れ出している。

「笑わないじゃん」
「え?」
「いつも不機嫌そうで」
 そう言う一護の方が、今ははるかに不機嫌そうだ。
「笑わない」
 ポンポンと単発で吐き出される言葉に、雨竜はどう対処していいものか解らない。
「お前」
「あの、黒崎? 少し続けて話してくれるかな」
 首だけでなく身体ごと一護の方を振り返り、改まった表情で眼鏡を押し上げた雨竜は言う。
「だから、お前はどうして俺の前で笑わないんだ」
「?」
 苛々とした響きを含む一護の言葉に雨竜はまた首を捻った。
「そんなにつまらないのか、俺がキ……」
「え、ちょっと待ってよ」
 僅かに慌てた仕草で雨竜は立ち上がると、一護の手首を握って廊下へ出る。
 なんとなくだけど、あのまま織姫に聞かれるのはまずいような気がしていた。

 人が少ない場所を選んで立ち止まる。振り返って、改めて一護に訊ねた。
「君は何を言いたいの?」
「さっき言った通りだって」
 一護は不貞腐れている。
「なんで君の前で笑わないのか?」
「そう言ったじゃん!」
 声を荒げる様子は、なにやら子供っぽくて笑いがこみ上げそうになる。だが、笑わない、と言われた直後に笑ったのでは彼にそう指摘されたから笑ったようだし、もし一護が自分の笑顔をご所望なのだとしたら…簡単に笑ってやるわけにはいかない。
「僕、多分だけど、もとから笑顔は多くないよ」
「それは、知ってるけど」
 顔を顰めた一護は、自分のつま先を眺めている。
 自分が変な事を言っている自覚はあるのだろう。
 そして、自分が雨竜に何を言おうとしているのかも知覚している。
 それが、自分にとって、そして雨竜にとってどんな意味を持つのかも、多分解っているのだ。
「あんまり笑うの得意じゃないし」
「あぁ、お前って険しい顔してるイメージがある」
「それはそのまま君に返す」
 一護のコメントを軽く切り返し、雨竜は窓から外を見る。

 嫌になるくらい高い空。澄んだ青。もう直ぐ冬だ。
 とりとめもなく関係ない事を考えてしまうのは、今の空気が心地好いからに違いない。
 黒崎一護が石田雨竜を気にしている。
 夏頃とは立場が逆だ。面白かった。

「僕ね、寒いの苦手なんだ」 
「……ん?」
 全く関係のない話を切り出されて、一護は顔を上げた。
 雨竜の横顔は、髪の毛に隠されて良く見えない。 
「寒いとさ、指先がかじかんで、針が上手く動かなくなるんだ」
 どう返せば良いのか解らない一護は、黙って話を聞いているだけだ。
「そんなわけでね、別に僕は、君が嫌いだから笑わないわけじゃない。
 君と居てつまらないからこんな顔をしてるわけじゃないんだ」
「え。ちょっと待て石田。ワケ解らんぞ、それ」
 全く繋がらない「そんなわけで」を出されて、一護は混乱する。
 そのおかげで、雨竜が今「君の事は嫌いじゃない」と宣言したことにすら気付かなかった。
「気にすることじゃないよ」
「え。何を? 何が?」
 頭の上にクエスチョンマークを山ほど散らしている一護の肩を軽く叩いて、雨竜は教室に戻っていく。
「石田!」
 振り返ると、その肩が可笑しそうに揺れていた。

 ――笑ってるじゃねーか!
 一護は愕然とする。
 続いて、正面に居た啓吾が珍獣でも見たような顔で水色の腕を引っ張るのが見えた。
 ――うおっ! ケイゴにまで先越された!!
 自分は雨竜の笑っている姿を、まだ正面から見ていない。

「な…何がなんでも見てやるからな! 石田ッ」
 廊下から叫んだ一護に
「うるさいよ、黒崎」
 教室内から返された雨竜の声は、やっぱり笑っていた。





 願をかけるって、こういうんじゃない気がします。
 でも一護が雨竜が、真剣に神頼みにも近い事をするシーンなんて、そう思いつかなくて。
 微妙にウリオリ臭いシーンが…そして、これはイチウリなのだろうか(笑)
 多分一護は雨竜が好きなんだけど、まだ自覚には至っていない。
 そして雨竜は、一護が自分を気にしだしたことが単純に嬉しい。恋愛未満もいいところ。
 
 良いですね、青い春(うっとり)