┃┃┃┃┃┃┃ と 溶けてゆくのは  

 
 人の体温が苦手だ。
 特に、暑い季節にじっとりと汗ばんだ肌が触れるのはゾッとする。
 五感に訴えるものというのは僕の中に強制的に進入してくる。
 例えば声であるとか、香りであるとか、熱であるとか。
 なるべく、近付かないで欲しい。
 それは相手を好きとか嫌いとかに関係なく、いつでも思っていることなのだ。

 けれども、そんな僕の態度がどうにも気に入らないらしい男が居る。
 彼は、根掘り葉掘り原因を聞いてくる。もしくは、対処法を。
 どんなに聞かれても、気がついた時には既に人肌が苦手だったのだからしょうがない。説明のしようがない。
 正直に告げても、彼は納得しなかった。

「別に君だけを拒絶しているわけじゃないだろう」
 何度言っても
「でもその態度腹が立つんだよ」
 と、こんな風に返してくる。
「お前のそういうところがムカつく」
 そう言われても、あまり直す気のない部分だから放っておいてくれ、としか思えない。
 正直に言ってしまうと絶対に(余計)怒るから
「ごめん、暑いの苦手なんだよ」
 そんな言葉で誤魔化すことの繰り返しだ。
 
 腹が立つのならそこに触れぬように付き合えば良い。
 どうしても納得できないと言うのなら、僕に係わってこなければ良いだけの話だ。
 不愉快な思いをすると解っていて寄ってくる彼の気が知れない。

 ぼんやりしていると、手首を握られた。
 僕は、まずその体温の高さに拘束される。
 触らないで欲しい。
 口にすることも、表情に表すことも出来ない。
 ――他の人に比べれば、不快度は限りなく低い。
 真剣な眼差しに耐え切れず視線を外した直後、いきなり頬の付近に強い熱を感じた。
 続いて、耳穴に不快な音が飛び込んできた。
 ――どうしてそういうことを言うんだろう。
「石田」
 もう言わなくて良い。
 でも、喉は彼の熱に縛り付けられたままで出てきはしない。
「俺はお前が」
 解っている、と言ってしまうのも、知っている、と言ってしまうのも、おこがましいような気がして言葉にならない。気持ちを受け入れたように思われるのも癪だ。
 何度も繰り返されるとその気になってしまうから、あまり言わないでいて欲しい。
 
 五感に訴えかけてくるものは、確実に僕の中に染み込んでくる。

 その体温に、言葉の熱に、想いの色に溶かされていくのは、きっと時間の問題だ。