┃┃┃┃┃┃┃ 指先に咲いた華
ついぞ見たことのないような表情で、石田が膝から崩れ落ちた。
見てはいけないものを見たような気分で、逸らしたいのに視線はヤツに釘付けで。
身体が動かない、そんな事とは無関係に、金縛りにでもあったかのように俺はヤツから目が離せなかった。
+
「僕は 君を 憎む」
――何を言っているのだ?
言われた言葉の意味を掴みかねて俺は惚ける。
死神が嫌いだ、だから死神であるお前が憎い。
そう言われているのは解るのだが、その言葉にはそれ以上もそれ以下もない。それだけでは、なにも解らない。
丸っきり拒絶するかのような視線からは何も汲み取れず、俺は何も言い返せなかった。
そして嗾けられたのは理不尽な勝負。
今になって思えば、アイツはそれだけ切羽詰っていたのだろうと想像出来る。
だけど、賢い遣り方だったとは、今でも思えない。むしろ、浅はかだと思う。
守りたいのなら守れば良い。守れることを証明するためにむざむざ危険を冒すなぞ、守るべき対象を危険な目にあわせるなんて事は、愚かとしか言いようがない。
そう思いながらも
ただ、自分の目に見えるものだけを信じるしかないのなら
ただ、結果を見せつける事でしか自分を正当化できないのなら
あれしか方法がなかったのか、と思えなくもない。けれどやはり、間違っている…と思うのだ。
アイツの性格を考えれば、その愚かさすら、とてもらしくて笑えてしまうのだが。
全ては無事だったから言えることだ。
+
あの時、ただ為す術もなく地面に倒れこんだ俺の傍にアイツは駆け寄ってきた。
ヤツの言う「勝負」の最中に、それまで全てを拒絶しているようにも見えていた表情が変わった事には気付いていた。
押し殺すように氷点下の視線を纏ったアイツは苦しそうで、辛そうに見えた。だが、必死で被っていたのであろう仮面さえずらせば、下から覗いたのはどこまでも正直な顔。此方の一挙手一投足に面白いくらいに反応する素顔だった。
聞こえ出したか、と感じたのはその瞬間。
アイツが自らの耳を塞いでいた手を放したのは、多分あの時だったのだろう。
指一本動かす事すら儘ならない俺の隣に来た石田はひたすらに矢を空に放ち、見る間に白い腕に裂傷が走る。
なにをしているのか理解出来ずに「止めろ」と言う俺に「うるさい」と一言。不器用に、自分に出来る方法で俺を助けようとしているのであろうことは、直に理解できた。
その腕から放たれる音はまるで悲鳴を上げているようで、それは慟哭にも似て。
耳に痛かった。
何が石田を其処まで追い詰めていたかなんて知らない。
何が石田にそんな行動を取らせているのかも知らない。
知りたいとも、思っていない。
ただ思ったのは、感じたのは
こいつは一人にしちゃいけない、と。
ただ、それだけ。
自分を救おうと必死になっている人間を見て、護らなければ、と思うなんて我ながらどうかしている。
少なくとも、この件に関しては全て自業自得。
ここでアイツがボロボロになるのは、全部アイツの蒔いた種。
それは解っていたのに、その表情に胸が痛んだ。
そして、俺の見ている前で石田はガクリと跪く。
空を仰ぎ、両の手はだらりと下げられていたのに、それはまるで祈っているようにも見えて。
その表情は、そう…泣いているのかと、思った。
そんな顔しているヤツは殴れない。どころか。
放っておくことも、出来やしないじゃないか。
ぽたり・ぽたり と紅い血が地面に滲みこんでいく。
傷だらけの腕に、指に、何故か胸の奥がざわめいた。
その傷は、自分のせいで負った傷。だけど同時に、俺のせいで負った傷。
霞がかったような頭に過ぎるコトバに、くらり、と、眩暈がする。
――その指先だけが、紅い華を咲かせたかのように儚く泣いていたのを、今でも鮮明に思い出すのだ。